MENU

2019.10.15

これも学習マンガだ!では昨年、選出作品の著者である5名のマンガ家さんへのインタビューを行いました。その中で『ファンタジウム』著者・杉本亜未先生から、発達障害の一つ・発達性ディスレクシア(発達性読み書き障害)についてアドバイスをいただいた方としてお名前が挙がったのが、LD・Dyslexiaセンター理事長の宇野彰先生でした。

<これも学習マンガだ!選出作品著者インタビュー >『ファンタジウム』杉本亜未先生>

発達障害は、<多様性>ジャンルの複数の選出作品で取り上げている題材です。今回はインタビュー企画番外編として、宇野彰先生×杉本亜未先生の対談をお届けします。障害について、メディアについて、マンガについて…さまざまな指摘や示唆を含むお話になりました。

発達性ディスレクシアが日本であまり知られていないワケ。
日本語は英語より“読みやすい”!

――宇野先生は、『ファンタジウム』の主人公・長見良が持つ障害であるディスレクシア研究の第一人者であり、杉本先生の『ファンタジウム』のほか、千葉リョウコ先生のコミックエッセイ『うちの子は字が書けない ~発達性読み書き障害の息子がいます』の監修も担当されています。

<WEB asta「うちの子は字が書けない~発達性読み書き障害の息子がいます」>
<cakes「うちの子は字が書けない~発達性読み書き障害の息子がいます」>

杉本亜未先生(以下、杉本):
千葉先生とは元々お互いになんとなく知ってはいたんですけど、『うちの子は字が書けない』を描かれてからツイッターでお話するようになったんです。以前から私の作品を読んでくださっていたみたいで。
すごくいい本ですよね。描かれたことにとても意義があると思う。全国の図書館に置いてほしいです。

宇野彰先生(以下、宇野):
若い親御さんが読むのにちょうどいいですよね。うち(LD・Dyslexiaセンター)に来る中学生や高校生、これを読んでみんな「ああ、自分と同じだ!」って言ってます。

杉本:
私が『ファンタジウム』や千葉先生の作品を読まれた方から聞く声で気になっているのが、「自分の子もディスレクシアだけど、周囲にはなんとなくそれを言いづらい」というものなんです。宇野先生はどう思われますか? やはり、そういう方は多いんでしょうか。

宇野:
うーん、僕が見ている中でも…以前、大学院生に発達性ディスレクシアの大人の方にインタビューをしてもらったんですけど、障害を周囲に開示しているのは20人中1人だけでしたね。その人は、障害者雇用枠で就職している人でした。

杉本:
なぜ周囲に言えないんでしょう?

宇野:
やっぱり「言ってもわからないだろう」っていう思いがあるみたいです。まあ、開示しなくても、優秀な人たちなので、みんなそれぞれうまくやっているようですけどね。

杉本:
でも、海外では有名な人もカミングアウトしていますよね。トム・クルーズとか、オーランド・ブルームとか…。なんで日本ではそういう人があまりいないのかなって。

宇野:
日本ではまだ、みんなに受け入れてもらえて、適切なサポートが受けられるっていうふうになっていないということじゃないですかね。以前よりは広まってきて、理解してくれる人も増えているとは思いますけど。
先日、教員が100名集まっている場で「ディスレクシアという用語を聞いたことがない先生はいますか?」と聞いてみたら、20人くらいはいました。まだ多いな、と思いますね。

発達障害の中でも、ADHDや自閉スペクトラム症――かつてアスペルガー症候群と呼ばれていた障害ですが――は、かなり細やかに対応できる人が増えてきているんですが、発達性ディスレクシアは専門家が少ないんです。日本では基礎研究も遅れていた。
世界のディスレクシア研究は英語圏が主導で来ているので。それだけ、問題として発見されやすかったというのもあるんだと思いますけど。

杉本:
言語によって差があるわけですね。

宇野:
イギリスでは、ディスレクシアセンターみたいな施設が結構あちこちにあるし…ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、王立芸術大学ですね。そこにはディスレクシア・コーディネーターという職種の人がいるんですが、以前その人から共同研究の話が来て、日本から来ている留学生の中で英語の読み書きに問題があるという人たちを、僕らが日本語で精査したんです。そうしたら、7人中6人は、日本語の読み書きにも問題があり、1人だけは日本語に問題がありませんでした。ですから、日本語の読み書きには問題がなくても、英語の読み書きには問題があるという例もあるんです。

杉本:
ひらがなとか、日本語で使われる文字は形に個性があるから覚えやすいんですかね?

宇野:
一応、専門家としてはそういうふうには考えていなくて。まずひとつは、文字から音への変換が規則的な言語は読みやすいと考えます。

たとえば、英語の「one」って、みなさんは当たり前のように「ワン」って読めるけど、よく考えたらおかしいじゃないですか。素直に読んだら「オネ」ですよね。なんでこの「o」が「ワ」なんだ?と。そういう意味で、ひらがな、カタカナは規則的です。漢字は不規則だけど、英語と違って意味が取りやすい。

杉本:
そうすると、韓国はディスレクシアの方はあまり多くなさそうですね。ハングルは規則的だから。

宇野:
うちの韓国人留学生が調べたところでは出現頻度は約3%ですかね。これは読みのスピードが遅い人を含む数字だから、ハングルを読むことが困難な人だけだったら、もっと少ないと思います。

それで僕が気になっているのは…小学校の教育課程で、今年度から英語が科目になったでしょう。英語圏での読みが困難な人の出現頻度は10%以上です。だから日本でも、英語での読み書きが困難な子が10%くらいはいると僕は推定していて。つまり、努力しても英語の読み書きを習得できない子は、日本語よりもっといるはずなので…低学年のうちから、英語のテストなんかで、自信をなくさせてしまうようなことになると困るなと思いますね。

 

アニメの主人公になれるのは“健常児”だけ?
子どものエンタメと障害描写

――杉本先生が『ファンタジウム』を描かれた中で、障害への理解を促す、適切なサポート方法を広めるといったことに関して、マンガなどのエンタテインメントの可能性について、何か考えられていることなどありますか?

杉本:
ええと、マンガももちろんあるんですけど、最近はアニメについて、すごく考えていることがあって。

宇野:
アニメはマンガより受動的なメディアなので、よりみんながとっつきやすいですよね。

杉本:
実は、かつてあるアニメ制作会社に『ファンタジウム』のアニメ化を企画してくださった方がいたんです。でも、企画は通らなかった。その理由が、主人公に読み書きができない障害があるという設定の作品はアニメではできない、スポンサーがつかない、ということなんです。ドラマでも難しいけど、アニメは子どもが見るからさらにダメだと。障害…それもディスレクシアのような発達障害や知的障害など、見た目にわからない障害は、アニメでは扱いにくいということらしいんです。

日本のメディアはとにかくそういうものを、子どもの目に触れないようにしている印象があります。でも、そうやって子どもの目に入らないようにしていると、実際に子どもがそういう障害を持った人に接した時に、びっくりしてしまいますよね。アニメなどにそういう人が自然に登場していれば、もっと身近に感じられるじゃないですか。

私がその話をSNSで発信したら、ディスレクシア当事者の方からも、アニメになってくれたら嬉しいと…マンガも良いんだけど、字を読まなくていいのでアニメの方が入ってきやすいと言われました。ただ、出版社としては、アニメ化よりはどちらかというとドラマ化の方が通したいという思惑があるようです。アニメはアニメ好きな人しか見ないけど、ドラマなら多くの人が見るから、と。

宇野:
発達障害の傾向のある3人組がいろんな問題を解決するっていうアメリカのドラマが、かつてありましたね。エミー賞も取ったスティーブ・キャネルという方が作っていて、彼自身も発達性ディスレクシアです。

杉本:
アメリカって結構そうやって、エンタメで扱ったりしますよね。私が初めて発達性ディスレクシアを知ったきっかけも海外ドラマでした。先ほどちょっと韓国の話をしましたけど、韓国では「グッド・ドクター」という、サヴァン症候群の医師が主人公のドラマが作られて大ヒットしました。そういうものが日本ではめったに扱われないのが、どうしてかなと思って。

宇野:
やっぱり、知名度の問題じゃないですか。有名な人が告白してくれないと厳しいかなと思いますね。たとえばアルツハイマー病って、レーガン元大統領が公表してから世界中に認知が広まったと思うんですよ。ある種の“広告塔”になってくれる人がいるといいんですよね。表に出る人には、積極的に表明してほしいですね。

杉本:
『ケーキの切れない非行少年たち』という本がすごく売れていますよね。ああいう本がベストセラーになるというのは、発達障害みたいなことに関心がある、気にしている人はすごくたくさんいるということだと思うんです。それなのに、本にはなっても映像、アニメにはならない。これに関してはすごく、どうにかしたい、やらなければと思っています。子どもの目が届くところで、もっとそういうものを扱わないといけない。

宇野:
まあね。ただ、それによってなんでもかんでも「障害」だと、社会的な支援が必要だということになってしまうと、ちょっと良くないかなとも思っていて。誰にでも個性として多少、能力の強弱はありますから。
たとえば僕は1つのことに集中するのが苦手なタイプなんで、仕事はだいたい3つくらい並行して進めて、1つの仕事に飽きたら他のをやる、というやり方にしています。
大事なのはそんなふうに、弱いところを自覚して、どう修正して対処していけばいいかを知ることですね。自閉スペクトラム症にしても、ADHDにしても、本人が自分の状態を自覚するだけで、ずいぶん修正できるようになりますから。

 

当事者が、周囲が、障害と上手につき合うために。
マンガにできること

――マンガを、発達障害などの子どもたちの成長やトレーニングに活かすことはできないでしょうか。たとえば読み書きが苦手な子にとって、絵と言葉がセットになっているマンガという表現は、「読む」ことへのとっかかりになりえるのでは、と思うんですが。

宇野:
ここ(LD・Dyslexiaセンター)でもマンガは使っていますよ。
基礎的な読み書きが一通りできるようになったところで、まずは文字が少ないマンガ。次に、少し文字の多いマンガ。漢字にはルビが振られているもの。そこから、活字の本にもつなげられるといいなと。
いったん習得できても、継続して読み書きの練習をする環境になければ忘れてしまうことはありますから。書くほうでも、「ひらがなだけで書く」とか「カタカナだけで書く」とか、そういう練習を一定期間するようにしています。

ちなみにここに来ている子で、わりと重度の発達性ディスレクシアの子も読んでいるのは『サザエさん』です。
(本をめくりながら)改めて見てみると、意外と字は多いですね。カタカナが多いんだ。

杉本:
でも、台詞がないものもあったりしますよね。マンガの『サザエさん』、面白いですよ。4コマ単位で完結するところもいいのかもしれませんね。

――最近は「モーションコミック」という、マンガとアニメの中間のような表現も出てきていて。マンガの絵や文字を画面上に映して、それに合わせて声優さんがセリフを話すというような形式の作品が配信・上映されたりもしています。こういうものは、文字と絵と読みが同時に出る形なので、助けになる部分があるように思います。

宇野:
カラオケの画面みたいに、読まれているセリフにハイライトがついたりするといいかもしれないですね。ただ…どうしても読まれるスピードがゆっくりじゃないと追っていけなくなっちゃう。そうすると音質が変わって、不自然な感じにはなってしまいますよね。だから、音質を変えないで再生スピードを遅くできる技術があれば、それはありかもしれません。

それからね、たとえば…自閉スペクトラム症の子が、クラスメイトから、挨拶で「よう!」って軽く肩を叩かれたのを、殴られた!と思ってしまってケンカになっちゃう、みたいなことがあります。
そういう場面をマンガにしていただいてね、そのあとに「あれは挨拶で、暴力を振るったわけじゃないんだよね」って説明して、本人も「ああ、そうなんだ」って理解する…というような。そういうエピソードをたくさんマンガにしておくといいんじゃないですかね。
そのマンガを読めば、当事者は「挨拶でそういうことをすることもあるんだ」とわかるし、その傾向がない人は「殴られた!と思ってしまう人もいるんだ」とわかる。

杉本:
アスペルガーを描いたマンガが昔、「週刊少年マガジン」に載ったことがありましたけど、あれ、単行本にはなっていないんですよね。転校してきた子がアスペルガーで、周囲とうまくいかなくて嫌われてしまうんだけど、主人公の男の子だけが「この子、なんかおかしいな?」と思ってそばにいてあげるという話で。その子と仲良くなることを通じてアスペルガーのことを知っていくという、いい作品でした。
(※棚橋なもしろ作『15の夜 いじめられているきみへ』「週刊少年マガジン」2007年10-11号掲載)

宇野:
アスペルガーというのは昔の言い方で、今は自閉スペクトラム症と呼ぶんですけどね。そういう特性なんだってわかると、接する側も理解できますよね。自閉スペクトラム症の人は謝るのが下手だったりしますから。「悪いな」と思う気持ちはあるんだけど、「ごめんなさい」を言うことを知らなかったりする。
マンガの「絵で見て意味がわかる」というところは、そうやって意図的に活用していくべきですね。

ただ、その場合にポイントになってくるのは、専門家が監修していること。
たとえば発達性ディスレクシアの当事者団体が、「フォントはこのタイプが読みやすいから、これを使いましょう」と発信したりしますよね。でも、英語の論文で、フォントのタイプが違うと読みやすいということに根拠があると言っているものは1つもないです。

杉本:
ツイッターとかでそういう話、よく流れてきますよね。

宇野:
当事者の声は、経験的ではありますが科学的な根拠はないわけです。他の障害も合わせ持っている人が、どっちが原因なのかわからない症状を、発達性ディスレクシアの症状だと説明してしまったりする。
そういう声だけをもとに作られてしまう作品や番組もありますからね。そこは注意してほしいと思います。
最近、ある発達性ディスレクシアを主人公にしたコミックが出版されていますが、専門的にはおかしい症状が記載されているし、間違った理解が広まってしまう可能性もあるような本でした。聞いてみたら専門家の監修は受けていなくて自称発達性ディスレクシアの方々の意見を参考にしているだけだったそうです。

杉本:
描き手としては、そういう専門の方のフォローがないと不安になると思うんですけどね。気をつけないといけないですね。

――専門家の知識・情報に基づく監修とクリエイターの創造力をうまくマッチさせることで、マンガやエンタメが、いろいろな人の生活を助けることへの導入になれば素晴らしいですね。今日は貴重なお話をありがとうございました!

<2019.8.23. LD・Dyslexiaセンターにて>

******

【プロフィール】

宇野彰 うの・あきら
医学博士、言語聴覚士。NPO法人「LD・Dyslexiaセンター」理事長。筑波大学元教授。発達性ディスレクシア研究会理事長。ARWA(The Association of Reading and Writing in Asia)日本代表。著書に『ことばとこころの発達と障害』(永井書店)、『標準読み書きスクリーニング検査-正確性と流暢性-』(インテルナ出版)など。

杉本亜未 すぎもと・あみ
マンガ家。2月27日生まれ、横浜市出身。うお座のO型。サン出版(現マガジン・マガジン)刊「JUNE」誌(現在休刊)の『竹宮惠子のお絵かき教室』への投稿をきっかけにデビュー。代表作に『ANIMAL X』シリーズ、『独裁者グラナダ』『ファンタジウム』『アマイタマシイ~懐かし横丁洋菓子伝説~』など。2019年10月現在、最新作『ブラッディ・チャイナタウン』をnoteにて連載中。
【Twitter】@SugimotoAmiInfo【note】https://note.mu/amiscake