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2020.01.31

「これも学習マンガだ!」インタビューシリーズ、今回はマンガとも近い領域である、絵本にまつわるお話です。東京・茗荷谷にある「こどもの本屋 てんしん書房」店主・中藤智幹さんに、絵本ならではの特色や魅力、おすすめの「学べる絵本」などをお聞きしました。
(聞き手/これも学習マンガだ!事務局長 山内康裕)

題材、年齢…「絵本」がカバーする幅広い領域

山内康裕(以下、山内):
今日は「これも学習マンガだ!」との関連から、「学べる絵本」的な観点でいくつかおすすめの作品も挙げていただきながら、絵本の魅力についてお伺いしていきたいと思います。
絵本というと、マンガや活字の本を読むようになる前に、はじめて子どもが読む本というイメージですが、実際の読者の年齢層はどんな感じなんでしょう?

中藤智幹さん(以下、中藤):
絵本の「対象年齢」って難しいんですよ。「赤ちゃん絵本」と呼ばれるような絵本が小学生になっても好きな子もいますし、小さな子がひとりで読むには難しくても、大人に読んでもらえば理解できる絵本もある。
たとえば『ピートのスケートレース』という作品は、オランダ人の男の子が迫害されてるユダヤ人の隣人を、スケート遊びをしているフリをしながら遠くの街まで脱出させに行く話です。かなり読みごたえのある内容で、低学年の子がひとりで読むにはちょっと難しいかもしれませんが、大人と一緒なら読めると思います。

山内:
絵本は判型も大きいですし、ひとりで読むというよりは、親御さんなり、大人と一緒に読めるというのが、やはり大きな特徴なんですかね。

中藤:
基本的には、大人と子どもが一緒に楽しむものですね。良い絵本の条件のひとつは絵を見ているだけで内容がわかることです。子どもは絵だけ追っていきながら、大人の声で読まれる言葉を聞いてストーリーを楽しむ。そういうメディアなんですよね。でも注意したいのは、読書は個人体験だということ。一緒に読むんですが、大人はあくまでその個人体験のお手伝いをしているという意識を持つことが大切だと思っています。難しいテーマを扱っているものもありますけど、きっと読んだ子の心に残っていく1冊になると思うので、深いところはもっと大きくなってから、改めて噛み砕いてもらうようなこともあるでしょうね。

山内:
こういった絵本から、いわゆる児童書というか、小学生向けの読みものには、子どもたちはどんなふうに移行していくものなんでしょう。

中藤:
一概には言えないですけど…小さい頃にあまり絵本に親しまないまま、小学校に上がっていきなり読みものを読もうとして、難しくて読めなくなってしまう子は多いです。読みものをちゃんと読める子は、絵本をちゃんと経験している。そういう二極化が進んでいます。絵本を通っていない子は、何に手を出していいかわからなくなってしまうんですよね。

絵本から読みものへの足がかりになるような1冊としては、この『めいちゃんの500円玉』みたいな作品が良いと思います。これは主人公のめいちゃんが、拾った500円玉にそそのかされながら、その500円の使い道を考えていく話です。全ページにイラストが入っていて読みやすいし、お金の使い方という概念に親しめる作品です。

『あひるの手紙』もおすすめです。ある日学校に「あひる」とだけ書かれた不思議な手紙が届いて、みんなで「何だろう?」って話し合いながら、この送り主と文通をしていく話。

山内:
実際に、読者の身のまわりでも起こりそうな出来事ですね。

中藤:
はい、これは実話を基にしています。手紙のやりとりで進むので、どんどんページをめくりたくなる、読み進めやすい展開です。顔を知らないだれかと手紙のやり取りをするワクワク感もポイントですね。…あと、明言はされていないんですが、これは知的障害のある方からの手紙なんですよね。そういう意味で、身近なところにいろんな人がいるんだってことを知るきっかけにもなります。

山内:
「これも学習マンガだ!」でいう「多様性」ジャンルにあたる作品ですね。絵本に戻って、この『タンタンタンゴはパパふたり』も面白そうな作品です。LGBTのことをペンギンで描いているんですね。

中藤:
LGBTをテーマにした絵本は、最近すごく増えています。でも、この本はそういう前提を抜きにして、動物園のかわいいエピソードとしても読めるところが良いですね。今の社会で「お父さんがふたりいること」は、子どもにとってはどうしても、なんか疑問があるわけです。それを「普通のことなんだよ!」って正面切って大人に提示されても、身構えちゃうじゃないですか。そういうやり方ではなくて、物語の中に自然に盛り込まれた形になっています。

山内:
人間社会とちょっとずらした目線から描いたほうが、読む側も自然に受け取れるかもしれません。

中藤:
そうです。すんなり受け取れる。もちろんストレートな啓発活動もすごく意義のあることだとは思うんですけど…加減が難しいですよね。

山内:
「これも学習マンガだ!」でも、特に「職業」ジャンルの作品が高校で広く展開されているのは、目上の人――先生なり、親御さんなりに促されて考えるより、物語にハマって、楽しみながら「仕事」について知り、考えていくほうが10代の子には抵抗がないという理由もあるようです。

中藤:
「職業を知る」要素だと、『道草いっぱい』という作品があります。学校から家まで、道草をいっぱい食いながら帰っていくだけの話なんですが、その中でいろんな大人を見ていくわけです。染物屋さんがあって、お菓子屋さんがあって、畳屋さんがあって…。農・工・商、いろんな人の生活を見ながら帰るんです。ろうあの人が下駄の歯を詰めていたり、片足をなくしたおじさんが米を搗いていたりもする。――それで家に着くと、今まで見てきた人たちの仕事がいろんな形になって晩ごはんに出てくる、と。

山内:
食卓に並ぶものが、どうやってできているのかを学べる。

中藤:
そういうことですね。はっきりとそう書いているわけではないんだけど、社会にはいろんな役割を持った人がいるということを自然に知ることができる本です。

「面白い!」「カッコいい!」から一歩先へ。価値観を広げてくれる絵本

「社会」つながりでは『フリックス』も、とても示唆に富んだ面白い1冊です。作者は『すてきな三にんぐみ』などの作品でも有名な方で、皮肉のきいたブラックユーモアの名手ですね。猫の両親から生まれた犬の主人公が、猫社会の中で強く生きていくために一生懸命勉強して少しずつ周囲の信頼を獲得していき、大学に入学して犬猫両方との交友関係をぐっと広げる。体もタフになってかわいい犬の女の子を火事から助け、お互いが恋に落ちる。ビジネスでも成功してどんどん成り上がって…市長にまでなって、最後にはみんなに祝われながら犬同士で結婚して、その間に猫が生まれるという。とてもアメリカ的でマッチョなサクセスストーリーです。

山内:
猫から生まれた犬から、今度は猫が生まれる。それも示唆的な感じがします。

中藤:
読みものとしてすごく痛快だし、絵は隅々までゲラゲラ笑えるんですけど、人種差別問題なんかも含めた社会的な背景も感じさせる作品になっています。
人種の問題って欧米でやっぱり大きくて、『しろいうさぎとくろいうさぎ』という、これも有名な絵本がありますが、この作品の原題は「The Rabbit’s Wedding」だったんです。この本が出版された1958年当時、本国では直接的に「White Rabbit」「Black Rabbit」というタイトルは使えなかったわけですね。それを翻訳者のまつおかきょうこさんが「これは人種差別に真っ向から立ち向かっている本だ」と考えて、日本語版ではこういうタイトルにしたんだと僕は確信しています。

山内:
僕らからすると、あまり身近ではない社会背景が描かれていたんですね。

中藤:
あまり知られていないですけどね。
『せかいいちうつくしいぼくの村』は、男の子が自分の村でとれたものを売り歩く、ただそれだけの話なんですけど、その生活の裏に、どうしようもなく戦争のにおいがします。何事もなく生活してるように振る舞っているけど、実は暴力がついて回っていて、みんなそれを不安がっている。「ぼく」が住んでいた美しい村も、最後には戦争でなくなってしまう。

反戦、非戦の絵本ってたくさんありますけど、「戦争」そのものを主題にされてしまうと、低学年の子はまだ、それをどう処理していいかわからないんですよね。そんな子どもたちに戦争の悲惨さをただ突きつけてもしょうがないので…「こういう生活があった、でも村はなくなってしまった」という事実をわかってもらうだけで、何かのきっかけにはなると思います。

異文化に触れるということだと、アイヌの話も良いですね。『クマと少年』 、『イオマンテ めぐるいのちの贈り物』は、どちらもクマの子と人間の男の子を一緒に育てるアイヌの文化を題材にした絵本です。

山内:
それ、知ってます。『ゴールデンカムイ』にそのエピソードがありました(笑)。

<社会「ゴールデンカムイ」これも学習マンガだ!> 

中藤:
『ゴールデンカムイ』も面白いですけど、こちらはもうちょっとクマと向き合っています。この儀礼では、兄弟のように育ってきたクマを最後には自分の手で殺さなければいけないわけです。『イオマンテ』ではそこまで描かれるんですけど、『クマと少年』では、少年はクマを殺さず、逃してしまいます。数年後、儀礼通りにちゃんと神の国へ還すため、少年はそのクマを探す旅に出る。やがて立派なヒグマになった彼に再会し、見つめ合う。そこにはとても濃密な時間が流れて…という、しびれる1冊です。

山内:
「生命と世界」ジャンルにつながる話でもありますね。この『つちはんみょう』も個人的に気になります。

中藤:
これはハンミョウの一生の話です。大きくなって土から出てきたハンミョウが卵を産む。4000コの卵が一気に孵っていく。生まれた幼虫が旅をしていく。その中でみんなどんどん脱落していって、4000匹のうちの1匹がやっと成虫になれるかなれないか、という確率です。やっと残った1匹が最後、ついにヒメハナバチに取り付いたと思ったら、そこにはライバルがいて、どちらかが死ななければならないと。…「自然」の見方が変わる作品ですね。

山内:
描写がすごく美しいですね。絶妙に気持ち悪さを感じさせない。

中藤:
美しい。これを読むと、「ああ、地球って人間の星じゃなくて虫の星なんだな」と思わされます。人間なんて、多様化した生命のただの一派なんだと。

それから、この『きょうりゅうのサン いまぼくはここにいる』は、今年かなり売れた1冊です。北海道のむかわで発見されて話題になった「むかわ竜」の化石が、どうやって化石になったのか、親兄弟はいたのか、なぜ死んでしまったのか…そういうことをみんなで想像してみよう、という本です。

山内:
恐竜好きな子にはたまらないですね。それもカッコいいだけじゃなく、背景にも関心が向くようになっていると。

中藤:
そこまで関心を持ってもらえると良いんですよね。
『カランポーのオオカミ王』は、「シートン動物記」のオオカミ王ロボの話です。ロボの本はたくさんあるんですけど、この作品は何が良いかというと、絵がとにかく繊細で、それだけでストーリーを追っていけるのと、シートンがロボと出会ったことで環境問題のことを考えるようになって、オオカミの保全活動を始めるところまで言及されているのが、とても素晴らしいなと思います。これも読んだ子が、物語の周囲にあるいろんな事情を考えるきっかけになりますね。

大人も読まないともったいない。絵本ならではの魅力とは

山内:
マンガや、文章が中心の児童書と比べて、絵本はどんなところが優れていると思いますか?

中藤:
まず、絵本は、でかいです(笑)。
物理的に大きいっていうのは、場所を取るという意味で大きなハンデでもありつつ、すごく良いところでもある。棚に入らないっていうのはよく言われます。でも、大きい分だけ子どもの心に占める部分も大きくなりますから。

山内:
最初にお聞きしたとおり、親御さんと一緒にとか、友達みんなで見られるっていうのも、この大きさならではですもんね。

中藤:
デジタルメディアと違って傷がついたり、落書きされたりっていうのもみんな思い出になるし、そういう積み重ねが人間を作っていくと思います。デジタルとの比較では反射光と透過光で脳の認識に違いがあるとか、いろんな研究結果も出てますけど、僕はやっぱり「大きさ」を推したいです。ちなみに動物園で一番好きなのはゾウです。

山内:
内容というか、表現手法としてほかのメディアと比較するといかがですか?

中藤:
内容的なことだと…絵本では、「絵でしか語られていないこと」があるんですよね。
『はせがわくんきらいや』という作品があります。これは1976年に出版されて、日本の絵本界を変えた1冊なんですけど…「この前なんか、ひどかったんや」から始まって、クラスの「はせがわくん」のことを主人公が語っていきます。

「はせがわくん」は「おもしろくないし、かっこ悪いし、鼻たらすし手と足ひょろひょろやし、目どこ向いとんかわからへん」。でも家ではピアノを一生懸命、楽しそうに弾いていると。「はせがわくん、なんでこんなんなったん?」ってはせがわくんのお母さんに聞いたら、「あの子は赤ちゃんの時に、ヒ素という毒が入ったミルクを飲んで、体こわしてしもうたのよ」と。

つまり「はせがわくん」は森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者なんですが、「そんなこと言われても、ようわからへんわ」と小学生の主人公は思うわけです。それで結局「はせがわくんなんかきらいや、だいっきらい」と思いながら、はせがわくんをおんぶして帰る。

山内:
それで終わりなんですね。この筆致といい、なんというか、込められている思いの強さがすごい…。

中藤:
命がけで作られているのが伝わってきます。今の子どもが自分の周囲のことに置き換えて読むこともできるし、そういう社会的な背景を知ることもできる、すごい本です。こどもの「わからへんわ」が絵本の形をしてるんですよね。

それで、この「はせがわくん」の家にピアノがあるんですが、このピアノが畳の上に直に置かれているんですね。机も夏なのにこたつを使ってます。つまり、決して裕福なわけではない普通の家庭が、「はせがわくん」のために大きなピアノを設えていると。民俗学で「常民」といわれる、歴史上で取り上げられることのない人の営みが、こういうところに見えたりする。

山内:
「気づく人だけ気づいてほしい」くらいのさりげなさで、押し付けがましくなく、絵の中にいろんな情報が描かれているんですね。こういう作品に幼いうちにどれだけ触れられるかによって、いろんなことが変わってきそうです。多様な価値観を受け入れる素地ができるだろうし、「読む」ことに関してマンガや活字の本に移行する前の、最初の1歩にもなる。

中藤:
土台づくりができていないと先に行けないですからね。絵本は子どもが初めて出会う芸術だと言われています。初めて出会う芸術であり、初めて出会う社会でもある。だからこそ、しっかり丁寧に、シビアに作るべきなんですけど、現状を見ているとどうしても…間に合わせで作ってしまっているような本も目につきます。

昔、日本が一度焼け野原になった後に、これからこの国を立て直すんだっていう思いで作られた絵本が、いまだにロングセラーに残っている。それは当たり前のことで、喜ばしいことでもあるんですけど、不甲斐ない気もしますよね。

今回挙げさせていただいたものは、あえてそういう、誰もが知っているタイトル以外から選びました。もちろん僕が知らない絵本もありますし、他の人に聞いたらまた別のおすすめが出てくると思いますが、「絵本って面白いんだよ、本って楽しいんだよ」ということを伝えるためのひとつの例として。

山内:
どれも本当に興味を惹かれる、読みたくなる作品でした。今日のお話を聞くと、絵本を読んでみたくなる大人も増えると思います。

中藤:
大人の方も、もっと絵本を読んだらいいと思いますよ。良質な絵本は読まないともったいないです。小説は読むのに4時間も5時間もかかりますけど、絵本だったらすぐに読み終わりますし、何度も繰り返し読めるから毎度発見がありますよね。作りもしっかりしてるから長く所有しておけますし。
いろんな「学び」の要素がある絵本を紹介しましたけど、本当は絵本を読んでどうこうなってほしいなんておこがましいとも思っています。ただただ個人的な読書体験を楽しんでほしい。

山内:
楽しんでいるうちに、自然といろいろな発見がある。それは「これも学習マンガだ!」が目指すことでもあります。面白い絵本やマンガに触れることが、いろんな世界を知ることや、幅広く「読む」ことのきっかけになると良いですよね。本日はありがとうございました!

<2019.12.12. てんしん書房にて>

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【プロフィール】

中藤智幹(なかふじ・としみき) 「こどもの本屋 てんしん書房」店主
1985年生まれ、神戸市出身。元フリーライター。
神戸の老舗児童書専門店「ひつじ書房」に通い育つ。ひつじ書房店主が高齢のため跡継ぎを打診されるが、諸事情により固辞。2017年に文京区小石川で児童書専門店「こどもの本屋 てんしん書房」を開業。
http://tenshin-shobo.com/

山内康裕(やまうち・やすひろ) これも学習マンガだ!事務局長/選書委員
1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。
2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「これも学習マンガだ!」事務局長、「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門事業ディレクター、「立川まんがぱーく」コミュニケーションプランナー等も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)』、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊(文藝春秋)』等。