2021.07.08
創作活動でぶつかる問題の一つに、「評価を受ける」ことへの不安があります。「いい」と思った渾身の作品がウケなかったり、時に自分が否定された気分になってしまったり。「見てほしい」と思いながらも、「批判されるのは怖い」と、作品を公開するのを悩む人は少なくないのでは。
大学の俳句ゼミを舞台にしたマンガ『ほしとんで』(作者:本田、監修・堀本裕樹)は、俳句を創作するのはもちろん、評価し合う場である「句会」の楽しさも描かれた作品です。「作って発表してみることで、自分より上手い人に推敲してもらい、良くなったことがあからさまにわかるのがおもしろい」――作者の本田さんと、俳人であり監修を務める堀本裕樹さんの二人に、連載の裏側や俳句の魅力について伺いました。
「添削不可能な俳句」は本田さんの実体験から
――『ほしとんで』連載のきっかけを教えてください。
本田:前作である『ガイコツ書店員 本田さん』の3巻が出た2017年頃に、次の作品をどうするかと話が出ていました。その時に、「俳句マンガはどうかな」、と。というのも大学で俳句のゼミに入っていたので、いつか描いてみたいなとぼんやり考えていたんです。当時私が調べた限り、先行の俳句マンガは2015年と2017年に完結していたので、先に誰かに俳句マンガを描かれてしまったら、もう描く題材がないと焦っていました。連載をするなら、絶対に監修の方が必要だと考えていたので、堀本先生の句会に突然お邪魔したんです。
堀本:横浜での句会にいらっしゃいましたね。最初に来ていただいた時に、自己紹介でマンガ家さんだということと、俳句のマンガを描きたいと話をしてくださって。僕が気軽に「誰か俳句の監修は決まっているの?」と聞いたんです。すると「まだ決まっていない」とのことだったので、「じゃあ、僕がやろうか?」「え、いいんですか?」とトントン話が進んでいきました。
▲俳句に怖い印象を抱いていた初心者の主人公・尾崎流星
――作品内の俳句はどのように考えているんですか?
本田:堀本先生に「こういう句を作ってほしい」とお願いをしたり、こちらで考えた句を改良・改悪してもらったりと、話によっていろいろと対応していただいている形です。俳句の文法についてはネームの状態で見てもらい、「言い方をこうすると俳句っぽくなるよ」と教えてもらうこともありますね。
作中で、ゼミの先生が学生の作った句に対して「これは添削不可能だ」と言う場面がありますが、これは実際に私が作った句に対して堀本先生から言われたエピソードなんですよ。
▲「添削不可能」とされた理由については作中で丁寧に説明されている
堀本:本田さんとの雑談まじりにしている打ち合わせの内容が作品に取り入れられることもよくあります。ふと話したことがマンガのアイデアになっているので、ネタの取り入れ方や、「そのアイデアからそうやって話を広げていくのか」と、すごいなと思っています。
本田:堀本先生との打ち合わせは楽しいです! 実際に類句【※1】や類想【※2】のエピソードは先生との雑談から生まれました。私は「すでに発表されている句は立場が強くて、後から出てきた句は撤回しなきゃ」と思っていたのですが、堀本先生は「そんなことないよ」とお話しされていて。そのままマンガのエピソードにしました。
【※1】類句…表現や意味がよく似た句・俳句。
【※2】類想…俳句の元となる考えが似てしまうこと。
▲作中では、坂本先生が俳句へのふとした疑問を教えてくれる
本田:類句の問題って、俳句の世界に限らず他のジャンルでもありますよね。『ほしとんで』に出てくる俳句の話は、他の創作にも繋がっているな、と描きながら考えています。
堀本:そうした感想はTwitterとかでよく見かけます。俳句マンガなんだけど、マンガや音楽や小説など、全ての創作に通じるような普遍的なことを取り上げているなと。
――作中で登場する、自分の作品が褒められたり批判されたりする場面も、その創作に通じているところだなと思いました。
本田:「句会のシステムっておもしろい」と読者の方に思ってもらえたのは有り難かったです。句会って、匿名で句を出し合って、参加者は「この句、すごくいいじゃん!」と思ったものを推薦し、あとから「自分が作りました」と名乗る方式なので。ひょっとしたら自分が絶賛したのが、めちゃくちゃ嫌いな人の句かもしれないんですよね(笑)。
堀本:本田さんのマンガって、ほめられた時もけなされた時も、登場人物のリアクションが心理的な部分も含めて繊細に描かれているので共感することが多いです。特に学生が持っている自意識過剰な部分を、うまくすくい上げているなと。
僕は実際に大学で俳句を教えていますが、自分が監修しているという理由だけではなく、学生には『ほしとんで』を勧めています。いま君たちがやっている句会がそのまま描かれているから、すごく共感できるよと。そういう意味でも、俳句をもともと好きな人はもちろん、俳句を始めたばかりの人や、俳句にこれまで興味がなかった人など、いろいろな層に響く作品になっているなと感じます。
――『ほしとんで』を読んで、堀本先生のもとへ訪れる人もこれからさらに増えそうですね。
堀本:実際に「『ほしとんで』を読んで句会の教室に来ました」と訪れる方も何人かいます。マンガを読んで句会に来る方は今までいなかったので、波及効果を感じますね。『ほしとんで』は、「句会ってこういう場所なんだ」という一つの予習になっていると思いますね。
初心者も交えて句を作ったほうが、マンガに活かしやすい
――作品を描いていて大変なことはなんでしょうか?
本田:俳句とコメディを掛け合わせるのは大変だと描き始めてから思いました。ゼミのメンバーが5人なのは、「この人はこういう句を考えそう」と考えられるのが、5人が限界だなと思ったからで(笑)。先輩を出さざるを得なかった時には困りましたね。隼先輩と鎌倉に吟行する話では、編集者さん2人と、堀本先生のマネジャーさんと、堀本先生の5人で実際に鎌倉まで行って句会をしました。取材旅行ですね。その時はキャラクターになりきることは考えず、詠んでいただいた句で話を作ります、と。
▲隼先輩を交えた鎌倉吟行は取材旅行から生まれたエピソードだった
堀本:あれは楽しかったです。
本田:楽しかったですよね。堀本先生の句はかっこいいので、それを俳句初心者の流星たちに当てはめるわけには絶対にいかないじゃないですか。前の担当編集さんが作る句は、私みたいに中途半端に俳句をかじった人からは出てこない、素晴らしいみずみずしさがあったので、「これは春信くんに使おう!」と。
堀本:いい感じにうまくいったよね。「じゃあ、堀本は登場人物の誰々の句を詠んでね」と言われても、なかなかキャラクターに合わせては作りにくいので。鎌倉吟行でそれぞれの感性で俳句を作って出揃った形から、本田さんが「この句は流星、この句は誰々」とキャラクターと俳句を組み合わせていくのが、うまい具合にはまりました。
本田:うまい人の句と、初心者の方が作る句と、中途半端にやってきた私の、3レベルに分かれてできたのがよかったです。
堀本:一人が作るよりも、何人かが作ったほうが句にバラエティができて、それがマンガに活かされていると実感しました。
本田:句を作り始めた頃の衝動や、よく知らない状態で自分の中から出てくる言葉って、最初の頃特有じゃないですか。
堀本:字余りになってくれたり、素直な形で作ってくれたりするから、その初々しさがよかったですよね。
俳句は受け身でいる限り上達しない「自得の文芸」
▲渾身の作品より、咄嗟に考えたものがウケるのは創作あるある
――本田先生にとっての「これも学習マンガだ!」は何ですか?
本田:数は多く読んでいませんが、一番古い記憶のマンガは『少年アシベ』(森下裕美)と『南国少年パプワくん』(柴田亜美)です。学校の図書館では、『ベルサイユのばら』(池田理代子)が置かれていて、こういうふうに実際に起こったことと嘘を織り交ぜて素晴らしいものが作れるんだなと思いました。
「これも学習マンガだ!」のサイトでは里中満智子先生が、「日本のマンガって、どれからでも学習しようと思えばできる」という言葉を寄せられていて、「これ『も』が大事だ」と。いろいろなマンガを読んで、無意識にそれぞれ学んだり、吸収したりしていたんじゃないかなと思います。
その塩梅が『ほしとんで』は難しかったですね。新しいことを知れるのは読者にとって楽しいことだろうと思う一方で、「学び」ばかりにしたら違うかな…と。なので、俳句としてのおもしろさをできる限り入れつつ、コメディは崩さないこと気をつけています。
――『ほしとんで』を読んでいる方に伝えたいことを教えてください。
本田:人の話は半分で聞き流せ、ですかね。4巻のおまけで「本に書いてあることが全部正しいとは思うな」と書きましたが、それも堀本先生とのおしゃべりから生まれたことなんです。ここに書いてあるから全部正しいわけじゃない。だから自分で考えなきゃいけない。鵜呑みにするのではなく「こういうのもあるんだな」くらいに受け止めたほうが、自分で考える時にもっと楽しめるんじゃないかなと。
堀本:俳句でいえば、受け身でいる限り上達しないんですよね。ずっと受け身でいると、自分で考えることをしなくなり、先生に聞いたり歳時記【※3】を読み流したりしただけで知ったような気になってしまう。例えば「蛍(ほたる)」という季語で俳句を作りなさい、と言われても、なかなか作り出せないことがあります。でも、実際に蛍を見たり、触れたり、捕まえたりしたことがある人は、蛍に関する経験を持っているから俳句を導き出すファクターが多い。言葉だけになりすぎても観念的になり、実感がある俳句は生まれにくいんですよね。
俳句って「沈黙の文芸」や「省略の文芸」などいろいろな言われ方をしますが、「自得の文芸」とも言われています。自分自身で得ていき、考えながら作っていくものだと。俳句は先生に教わるものだというイメージもありますが、自ら考えていくことが大事ですね。『ほしとんで』でも、完了の「り」の使い方は坂本先生が細かく教えてくれますが、その時にわかった気になっても、実際に自分で調べて、もう一度学ばないと自分のものにならないんです。
【※3】歳時記…俳句の季題や季語を集めた書。解説・例句などが掲載されている。
――『ほしとんで』を読んでから、実際に調べたり俳句を詠んだりしてみると、さらに深く作品を楽しめそうです。
本田:実際に、歳時記を買いましたとか、作ってみたという声も聞きますね。
堀本:学習マンガに留まらずに、さらに自発的にそこから学習意欲が湧いたというのは、すごく嬉しいことです。
――最後に俳句の魅力を改めて教えてください。
本田:作って発表してみることで、自分より上手い人に推敲してもらい、良くなったことがあからさまにわかるのがおもしろかったんです。私から全く出てこない言葉を、私より多く言葉を持っている人に、うまく直された時の得も言われぬ気持ちというか…。楽しさに終わりがないのが、いろいろな年代の方が俳句をやっている理由でもあるのかなと思いました。
堀本:句会で人からの指摘を受けて直したものは、作った作者のものになるんですよ。なので句会は、自分の俳句をみんなが練り直してくれる場でもあります。そういうところも『ほしとんで』ですごく表現されているなと。何人かが集まって、俳句を見せ合い、講評し合う。お互いに切磋琢磨できて、示唆を受けられる句会の文化が「自得の文芸」を下支えしてくれるように思います。俳句とともに、句会の魅力、句会の楽しさが描かれているマンガだなと思いますね。
『ほしとんで』5巻は
2021年8月12日(木)発売!
『ほしとんで05』KADOKAWA公式サイト https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000360/ 『ほしとんで』ジーンLINE公式サイト (本編はこちらから) |
<プロフィール>
- 本田
代表作に、とある書店のコミックス売り場を描いた『ガイコツ書店員 本田さん』(KADOKAWA、全4巻)。「ジーンLINE」にて『ほしとんで』、「ミステリーボニータ」(秋田書店)にて『病める惑星より愛をこめて』連載中。
- 堀本裕樹
1974年和歌山県生まれ。國學院大学卒。俳句結社「蒼海」主宰。俳人協会幹事。第2回北斗賞、第36回俳人協会新人賞を受賞。2016、2019年度「NHK俳句」選者。二松学舎大学非常勤講師。
著作に句集『熊野曼陀羅』、芸人・又吉直樹との共著『芸人と俳人』、『俳句の図書室』、漫画家・ねこまきとの共著『ねこもかぞく』、『NHK俳句 ひぐらし先生、俳句おしえてください。』、『桜木杏、俳句はじめてみました』など多数。
公式サイト
執筆:松尾奈々絵、編集:黒木貴啓
<これまでのインタビュー記事>