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2021.06.12

高野山にて真言宗を開いた空海と、比叡山延暦寺を建てた天台宗開祖の最澄。平安初期に日本の仏教に改革を起こした二人は、同時期に遣唐使船で中国に渡りました。

空海は31歳の時に唐に渡りますが、その時は国に認められた正式な僧ではなく、在野の僧侶としてもぐり込んだような形でした。

一方、最澄は国費留学生、いわゆるエリートとして遣唐使に選ばれます。歳は空海の7つ上です。

二人の生き様、運命的な関係性を描いた『阿・吽(あうん)』は、2014年に小学館『月刊!スピリッツ』で連載を開始しました。それぞれどのように生まれて育ち、共に唐に向かったのか。人生がどのように交わり、離れていくのかーー。女性向けのマンガを描かれてきたおかざき真里先生だからこその細部までの美麗なタッチと、登場人物たちに降りかかる重い出来事の描写に圧倒される作品です。今回は、連載を終えたばかりのおかざき先生に、『阿・吽』執筆の背景を振り返るとともに、改めて最澄と空海の魅力について伺いました。


歴史を知らないからこそ、読者にエンタメとして提示できる

 

――『阿・吽』は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。

 

知り合いのフリー編集者さんから、高野山に話を通せて僧籍をお持ちの方を作品の監修として紹介できる、というお話をいただきまして。空海と最澄って歴史の授業で名前だけは覚えていても、具体的にどんなことをしたのかよく知っている人は少ないですよね。そこで、同じく全く最澄や空海をわかっていない私に声がかかったという経緯です。

最初は空海をメインに考えていたのですが、空海を扱うなら最澄も一緒に考えたほうが面白いだろうと編集さんがピンときて、今の形になりました。別の僧籍を持ったライターさんに言われたのは、「空海と最澄を描くなんてアホやないとできひんわ!」と。あれ、これは大変なことだったんだなと描き始めてから思いました。

 

――おかざき先生はこれまで『サプリ』や『&』など、働く女性を主人公にした作品のイメージが強かったので、 連載が始まったときは驚きました。

 

ちょっと違ったジャンルを描いてみたい気持ちはありました。同じテーマで描いていると、自分のコピペになってしまうのではないか。そう考えていたときに、先ほどのフリーの編集者さんがふらっと現れたんです。まさかここまで毛色が違うものになるとは思っていなかったんですが(笑)。

これまでの作品との違いは画風ですね。女性向けのマンガの場合は、強い影をガーッと強く入れると気持ち悪いって引かれちゃうので。掲載が青年誌のスピリッツということで、そうした汚い線で表現できるのがすごく楽しかったです。コロナ禍に入ってからはデジタルに移行したのですが、アナログだった時は筆で思いっきり描いてからカッターナイフで削ってみたり。そうした挑戦ができたのはよかったです。

『阿・吽』では、おかざき先生の繊細な描写と荒々しい表現の両方が堪能できる。

 

―『阿・吽』を読むとたくさんの情報が詰まっているので、先生はもともと歴史をお好きなのかなと勝手に思っていました。

 

いまだに室町時代と鎌倉時代の順番もわからなくなるくらいなんですよ(笑)。全く知らないので、調べれば調べるほど二人の才能や関係性にびっくりするんですが、その驚きをそのままマンガにしています。私が驚いたことなので、歴史に詳しくない方も「なるほど」と楽しんでもらえるだろうと。なので、歴史に詳しい方やその宗派の方が読むと「なぜこの出来事を描かないんだ」と思われることもあるかもしれません。

 

――調べものや取材は、連載中も常にされていたんですか?

 

そうですね。まずは本を読んで、気になるところや疑問に思うことを見つけては専門家の方に聞きに行っていました。書籍にある情報だけだと絵をイメージしにくく、マンガにするところまで持っていくのは難しいので。私は広告代理店で働いていたこともあって、取材は苦じゃないんですよね。コマーシャルを1本作る度に、工場や販売店への取材や、市場でどういう人たちがどう思って商品を手に取ったのかなどの調査が必須でした。そこで取材から作っていくスタイルが叩き込まれたんだと思います。

あとは、実際に現地にも行きました。空海が修行をする室戸崎(高知県)にはぜひ行きたいとお願いをしたところ「日帰りなら」ということだったので、弾丸で取材に行ってきたり。本当だったら最澄が行った福島も訪ねたかったのですが、コロナ禍で叶わず残念でした。

真魚(のちの空海)が修行をする室戸崎の1シーン

高野山は「杉林」でいいのか 上質な嘘に必要なリアリズム

 

――最澄と空海を描くとなると、調べることも膨大になりそうです。

 

書籍でいうと、当時の文献ってほとんど残っていないんですよ。空海の言葉だとされていたものが最近になってどうやら違ったらしいとか。学派によっても主張が異なることが多かったですね。

 

―そうした事情から、作品を描く上で困ったことはありましたか?

 

例えば現代では建物の構造上、ここの柱は四角柱の方がいいかなと思うけど、当時は四角く綺麗に仕上げる方が難しいと考えると、人の手で削った丸柱で描くべきなのかな……と悩んだり。

あとは連載当初は山の中が舞台だったので、何万枚も木の葉っぱが生い茂ったシルエットをずっと写真に撮って、全部現像してファイルにまとめて。公園に行くたびに撮っているから、子供からは「お母さん、葉っぱばっかり撮って」って言われました(笑)。

いろいろな葉を撮っていても悩むこともありました。現在、高野山や比叡山にあるのは杉の木ですが、昭和の国の政策で植えられたものなんじゃないかな、とか。最澄がいた年代は比叡山から京都を見下ろせたと書いてある。でも実際に行ってみると当時も背の高い杉の木だったらどう考えても見下ろせないんじゃないかな、と。

それなら何の木だったのかなと考え、後の時代になって描かれた山の絵をもとに専門家の方に聞いてみるんです。すると、当時の日本の水墨画は中国の絵の写しだから、描かれている木々が正解かどうかはわからないと言われてしまい。ここまで調べて「何が正しいのかがわからないこと」がわかって、じゃあ、今の読者が違和感のないように杉林にしよう! と決心がつきました


比叡山の杉林。何気なく描かれたように見える背景一つひとつにもこだわりがつまっている

 

――そこまで調べた上で、ようやく杉林を描くことが決められるんですね。

 

マンガはエンターテイメントなので、ハッタリが重要だと思っています。なので、事実だけを描きたいわけではないのですが、すごい嘘をちゃんとハッタリだと思わせるために、史実もきっちり描く必要がある。となると取材や調べ物はできるだけキチンとしないと。

 

“阿吽”の言葉通り、マンガも「わからないまま」描いていい

 

――『阿・吽』は2021年5月27日発売のスピリッツで最終回を迎えられました。

 

連載を終えて本当にホッとしました。「どうなるのかな」と毎回思っていたので。一番怖かったのは、描くのが急に嫌になるかもしれない、止まっちゃうかもしれないことです。

 

連載が始まった頃から、全体の構想は決められていましたか?

 

基本的には年表に沿って「次は何を描こうか」と考える形でした。加えて全体としては大きなポイントが3つ4つあったので、「ここで盛り上げよう」という味付けをしていくイメージで。悩んだのは、どこで物語を終わらせるのかです。年表の途中で終わってもいいし、宗教的には最澄も空海もまだ生きていらっしゃるので。

連載中は予想外なことばかりでしたね。ネームづくりの段階から、毎回どこまで高く行けるかなと棒高跳びの棒を持って走り出すんですけど、バーにはいつも雲がかかっていて跳べるかどうかもわからない。いざネームを担当編集さんに渡したら「もうちょっと」って言われて、バーを上げられるような(笑)。それで跳べる時もあるし、ぶつかる時もある。跳べたらスタートラインに戻って、また見えないバーに向かって走っていく……そんなことの繰り返しでした。

 

『阿・吽』は最澄と空海、それぞれの天才がどのように邂逅し、そして別れてしまうのかを繊細な絵と残酷な描写で魅せたマンガでした。連載を終えておかざき先生の考える、仏教の面白さ、空海・最澄の魅力は何ですか?

 

まだわからないです。1巻のはじめに掲載した「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで、死の終わりに冥(くら)し。」という空海の言葉。人は最初から最後まで、何もわからないまま生まれ、そして何もわからないまま死んでいく、という意味なんです。その言葉が、タイトルの『阿・吽』に繋がっています。「阿(あ)」「吽(うん)」はサンスクリット語の配列でそれぞれ最初と最後の言葉で、意味としても「阿」はこの世の始まりを、「吽」はこの世の終わりを表しているんです。描き始めた時もわからなかったけど、終わりも何もわからないで終わったなと。

 

その中で、先生に起こった変化は何かあったのでしょうか。

 

曖昧を曖昧として描いていいんだな、と。もともと今回の連載では、「わかった」とは絶対に思わないことを気をつけていました。付け焼き刃で歴史を学んだ自分がわかった気になって描くのが一番醜悪なものになる気がしていたので、「わからないから描く」スタンスで挑んだんです。

以前は、いろいろな曖昧なものものをパスッと言い切っていくタイプでした。私がマンガを描き始めた頃は、まだ働く女性の感情を描いた作品が少ない時で。モヤモヤした不安など形のなかった感情に名前をつけていたんです。それには言い切りがある程度必要で、覚悟とともに具体化、簡潔化していくことが自分の仕事だと思っていた部分もあります。

でも今は「わかる」「わからない」だけじゃなくて、その間にも道があるんだなと。人はグラデーションの中で生きていて。仏教では真ん中に「空(くう)」があって「0(ゼロ)」があり、0と1の間には無限がある。なので「これは1だ!」とわかったつもりになるんじゃなくて、グレーのところでずっと描くこと、いることだけは、空海と最澄の二人から教えてもらったんじゃないかなと思っています。

<おかざき真里>

1967年、長野県生まれ。博報堂在職中の1994年に『ぶ〜け』(集英社)でデビュー。2000年に博報堂を退社後、広告代理店を舞台にした『サプリ』(祥伝社)がドラマ化。月刊スピリッツにて、2014年7月号から2021年7月号まで『阿・吽』を連載。その他、代表作として『渋谷区円山町』(集英社)、『&(アンド)』(祥伝社)など。

 

執筆:松尾奈々絵 編集:黒木貴啓