2018.12.14
「これも学習マンガだ!」特別企画シリーズ、今回は、<多様性>ジャンルで選出されている、ディスレクシア(発達性読み書き障害)という特性を持つマジシャン少年を描いたマンガ『ファンタジウム』作者の杉本亜未先生のインタビューをお届けします。作品執筆の背景から現在の子どもたちが置かれている状況、最近のマンガ事情に至るまで、お話は多岐にわたりました。
(聞き手:これも学習マンガだ!事務局長/選書委員 山内康裕)
史上初のディスレクシアを描いたマンガが生まれた背景は
山内康裕(以下、山内):
「これも学習マンガだ!」では、『ファンタジウム』を<多様性>ジャンルの作品として、プロジェクト発足初年度、2015年時点の100作に選出させていただきました。
まずは、『ファンタジウム』を描かれた背景、きっかけなどをお伺いできればと思います。
杉本亜未先生(以下、杉本):
2006年に「モーニング・ツー」(講談社)が創刊された時に、当時の「モーニング・ツー」の編集長だった方から声をかけていただいたのがきっかけです。私の『独裁者グラナダ』というマンガが非常に良かったので、ああいった“何かに突出した天才”が出てくる作品を描いてほしいということで。
何の天才にしようかな?と考えた時にマジックの天才というアイデアが浮かびました。マジックって日本ではあまり評価されていなくて、お笑いの中に入れられてしまっていたりするんだけど、海外ではパフォーマンスアートとして非常に評価されているということで。
さらに、単なる天才ではなくて、逆に多くの人が簡単にできることができないっていう要素があると面白くなると思って。その時に、ディスレクシアのことを知ったんです。
当時、ディスレクシアをマンガに描いた人はまだいませんでしたね。
マジックとディスレクシアというところから、良というキャラクターが生まれた。で、良みたいな変わった環境の子に対して、北條みたいな、社会に迎合して生きている、不安がないタイプの人を横に置いておくと対比として面白くなる。それで、2人が二人三脚でいろんな壁にぶつかって、乗り越えて…というストーリーになっていきました。
山内:
ディスレクシアを題材としているという点で多様性という観点からはもちろん、マジシャンという、あまり知られていない職業についても知ることができるという点など、いろんな面で「学び」があるということで、最初から「この作品はぜひ選びたい!」と、選書委員の間で話していた作品でした。
実際にディスレクシア当事者の方、マジシャンの方などにも取材を?
杉本:
ディスレクシアに関しては、宇野彰先生にいろいろお話を伺いました。
連載がしばらく続いて、真剣にやっていることが伝わってからはとても信用していただいて、かなり踏み込んだところまで見せていただきました。
良が読み書きの練習をするエピソードのあたりは、全部実際の現場を見せていただいて描きましたね。
マジシャンの方からは、マジックは創作物の中では、人を騙したり、犯罪のトリックとして描かれてしまうことが多いので、実際の…特にライブで見るマジックの美しさ、素晴らしさ、面白さをぜひ描いてほしいと言われました。
マジックって、監禁されている状態から脱出するとか、カードの色が変わるとか、開かないはずの鍵を開けるとか…人間が不可能だと思っていて、でも本当は叶えたいと思っている欲望とか願望にヒットすることを実現させる芸術なんですよね。それをひとつひとつ取り上げて描いていったら面白いものになるなと思っていました。
だから『ファンタジウム』では、実演できるマジックしか描いていません。これだけのことができるんだっていうことを描いてみせたつもりです。
どんなマイノリティも、ゆるやかに許容される社会であってほしい
山内:
良のように、たとえばディスレクシアという特性を持っている人が、その分、何かほかに突出した能力を持っているというのは、よくあることなんでしょうか。
杉本:
実際は、そうでもないと言われました。
だから、良の設定でリアリティがあるとしたら、学校とか塾に行っていなくて、その時間をマジックの練習に費やしているというところ。それだけマジックに打ち込んでいればうまくなるだろう、ということで説得力は持たせられたと思います。
それから、取材をさせていただいた中では親御さんとお子さんの激しい衝突も目にしました。親には理想とする子ども像があって、子どもはそれになろうとして苦しむという。
山内:
まさに『ファンタジウム』1巻の…。
杉本:
そうです。すごくつらくて、見ているだけで精神がすり減る感じがあるんですけど、これって特別なことじゃない、どこでも普通に起きていることだなと思って。これは描かなければいけないという義務感を覚えました。
あと、良が学校に通いだしていじめを受けるあたりでは、姪っ子に話を聞いています。
当時ちょうど、ネットいじめというものが出始めた時期で。
山内:
子どもたちの置かれている状況が、自分たちが子どもの頃とは違ってきましたよね。
そのあたりについてはどう思われますか?
杉本:
顔が見えない誰かに攻撃される、搾取される…それでなにくそって思えずに折れてしまう、中には自ら命を絶ってしまう子もいる。
それって、学校という空間の中だから起きることのように思えるかもしれないけど、そういうことって、実は大人の社会の中でも、地下水脈のように、ずっとあり続けるわけじゃないですか。
だからこそ、負けてはいけないなと思いますね。
そのためにはやっぱり、できるだけ早いうちに自分が何に興味があって、何が好きかをわかっておくことだと思う。それを生きるよすがにしていいと思います。
マンガでもアニメでも、スポーツでも、食べ物でも、何でもいい。あのアニメの続きが見たいから、あのお菓子が食べたいから、サッカーの試合に出たいから、死なない。
それでいいと思うんです。
山内:
今はさらに、引っ越して転校しても、SNSでいやがらせを続けられるような例もあるようです。
SNSは、先生がおっしゃったような、興味のあることややりたいことが見つかった子にとっては、世代の壁を超えてすぐに大人の世界に行ける、別の社会を築くツールになる面もある。でも、そうでないお子さんにとっては、学校と同じような社会がもう一つあるような感覚で、それが不安感につながっているようにも思います。
杉本:
厳しいですね。それと、いじめられたり、生きづらさを感じるのって、やっぱり「人と違う」ことが元になっていることが多いですよね。日本ってどうしても同調圧力が強い気がするので。「こいつは他と違う、だからいじめていいんだ」って。
山内:
学校でもなかなかそういうことは教えにくかったりもするようです。戦後の学校教育はどうしても、高度経済成長時代に合わせた、「全員一緒」であることが重要視されるモデルなのかなと。
杉本:
それが果たして文化的なのか…。
「セサミ・ストリート」なんかだと、当たり前のようにいろんな特性を持ったキャラクターが出てきますよね。
山内:
そのあたりの考えもあって、「これも学習マンガだ!」でも<多様性>ジャンルで、いろんな人の特性を扱っています。
現在は、全国400以上の図書館で展開されています。もともと図書館というところはマンガをあまり置いていなかったんですが、このプロジェクトがきっかけになっている部分もあって、今少しずつ扱っているところが増えてきています。
杉本:
うちの近くの図書館でも、たしかにマンガはほとんど置いていないですね。なぜですか?
山内:
いろんな原因があるんですが、決裁権限のある方に「限られた予算の中で選書をするなら、マンガではなく活字の本を」という考えがなんとなくある、という理由もあるようです。
杉本:
字が読めない子どもだっているのに!
私は、マンガの中でさえも、もっともっと細かい配慮がほしいって思いますよ。
『ファンタジウム』では、「モーニング・ツー」掲載作品では唯一、単行本でルビを振ってもらいました。そうしたらディスレクシアのお子さんを持つ親御さんから「息子が読みやすくなりました」ってお手紙をもらって、嬉しかったですね。
そういう方のためにも、図書館とかにもマンガ置いてもらったらいいし…そういうところに置くものは全部ルビが振ってあったり。そういう仕様で専用に出版するのとかも、ちょっとありかもしれないですよね。
そういう、「他と違う」ことへの配慮が、いろんなところにある社会であってほしいと思います。
自由さとおおらかさ、表現の深み。杉本先生が「学んだマンガ」は?
山内:
杉本先生ご自身が、子どもの頃にマンガから学びを得たという経験はありますか?
杉本:
一番好きだったのは、トーベ・ヤンソンの「ムーミン・コミックス」(現・筑摩書房刊)のシリーズなんです。
キャラクターが自分たちで家を建てたり、砂浜でピクニックをしたり、とっても自由な感じに惹かれました。私たちは子どもの時から、決められた時間にみんなで決められたことをするっていう社会に生きているから。
デザインもとてもおしゃれでセンスが良くて、今読んでも面白いと思います。
あとは、三原順先生の『はみだしっ子』にはすごく影響を受けました。
山内:
『はみだしっ子』も、「これも学習マンガだ!」に選出されています。
杉本:
三原先生、これを描かれた時は今の私よりお若かったと思うんだけど、非常に大人な目線で、哲学的なこととか、それこそ学校では教えてくれないようなことを、さらっと描かれていて。
先ほどの「ムーミン」とも重なるんですが、子どもたちが親の庇護もなく、自由にのびのびと過ごしながら、学校では教わらないようなことを学んでいく、魂の修業をしていくような話じゃないですか。
現実には親の庇護のもとにあって、学校にも行かなくちゃいけないわけだから、そういう自由な学びについてはすごく、マンガで教わって、マンガで憧れた感じがありました。
山内:
型にはまらなくても許されるということが描かれているのは、時代背景を考えると意義がありますよね。
杉本:
ええ。それに、ひとつの場面がいろんな意味を含んでいる、裏に作者のメッセージがあるという点で、マンガとしてのテクニックもすごく高等な作品だと思います。
あと、少し最近のマンガだと、映画化もされた小路啓之先生の『ごっこ』という作品が衝撃的で。
大人と子どもにそれぞれの視点があって、それをお互いに学んでいくようなストーリーなんですけど、子どものつぶさな描写がすごくリアルなんですよね。下にBB弾が落ちてるのをすぐに見つけるとか…。大人も大人で、自分だけなら赤信号でも渡っちゃうけど、子どもが一緒だと止まるとか。
小路先生とはお知り合いだったんですけど、お話聞くとやっぱり小さいお子さんがいらっしゃったそうです。
これ、今の私は大人の、親の目線で読んじゃうけど、若い頃に読んでいたらどう感じたかなと思います。
面白い作品です、非常に。
マンガに込められる意味は濃くていい。『はみだしっ子』に教わったもの
山内:
マンガ以外のエンタテインメント――たとえば小説とか映画からの影響はいかがですか?
杉本:
映画からは作り手として、表現の面で非常に影響を受けてますね。
『ファンタジウム』1巻の終わりのほうで、両親の前でマジックを披露した良をお父さんが無言で抱きしめるシーンがありますが、あそこは本当はセリフのあるシーンだったんです。
それを、当時の編集長だった方が「杉本さん、ここ全部セリフ切らない?」と。
話を聞くと、映画の「ゴッドファーザー」でも最後のほうで、無言で抱き合うシーンがあって、セリフはないんだけど、この人はもうマフィアの世界に行ってしまうんだ…ということがすごく現れている演出なんですね。
そういう演出を、マンガでもどんどんやってみてほしいと言われて。
それまでも映画は好きで、ストーリーの組み立てなんかの部分では意識していたけど、ひとつの場面にいろんな意味を持たせる―それこそ三原先生のような、そういう作り方が映画ではよくされているんだなということを、改めて認識しました。
ただ、最近のマンガでは、なるべく考えさせないように、読者の負担にならないように、サクサク読ませる…ということが大事みたいで。
山内:
そうなんですか?
杉本:
編集さんと会って話したりすると、すごくそれを言われますね。
ウェブマンガが流行って、スマホで無料で読まれるようになってからは特に、とにかく「読んでいて疲れないもの」「ライトな暇つぶし感覚で読めるもの」を求められるみたいです。
エスキース(設計)がしっかりできている大きな物語を、完璧に展開させていくようなことって、商業マンガでは今はなかなか難しくて。
実際『ファンタジウム』も、思ったような人気が得られなくて終わってしまいました。編集さんとはラスベガスに行かせようとか、ロシアのサーカス美少女と良が恋愛して…とか、いろいろ話してたんですけど(笑)、残念ながら…。
それでも最後の、なんとかケリがつくところまでは描かせてもらえたので良かったです。
でも、やっぱり『はみだしっ子』のような作品を読んで育った世代の人間なので。
マンガに込めるものはもっと濃くていいと思ってます。
2015年に米沢嘉博記念図書館で三原順先生の原画展があった時、観に行ったんです。そうしたら、若い女の子が原画の前でしゃがんで体育座りみたいな体勢のまま、じっと動かなくて。
彼女は私が『はみだしっ子』を読んでいる時にはまだ生まれていなかったと思うけど、今こうやって三原先生の絵を見て、心を動かされている。ちょっとキミ、そんなところにいられたら見にくいよ、とも思ったけど(笑)、その光景はすごく…美しいものに見えましたね。非常に感動的で。
マンガを描く、マンガ家としてやっていくのって、つらいこともあるけど、やっとくといいな、みたいな感じがしました。
三原先生みたいに、世代を超えて読まれていくようなものを私も作りたいと思っています。
山内:
『ファンタジウム』は、まさにそういう作品になっていくと思います。
最後に、『ファンタジウム』をどんな人に読んでほしいですか?
杉本:
結構、「励まされた」と言ってくださる方が多いので、落ち込んだ時、もうダメだ!と思った時に読んでいただけるといいのかなと。
あとは、自分がどこか人とは違うんじゃないか、どこかおかしいんじゃないかと思って悩んでいる人。それがどんな特性であっても、それは恥ずべきことでもなんでもないということに、この作品をきっかけに気づいていただけたらと思います。
山内:
『はみだしっ子』も合わせて読んでいただきたいですね。
杉本:
ええ、『はみだしっ子』もぜひ! 心が傷つく、痛むかもしれませんが、痛みがわかっていないと考えや言葉にも深みが出ない…ちょっと昔っぽい考え方かもしれないけど、やっぱりそう思います。
浅く察するだけでなく、いろんなことを深いところまで踏み込んで考えてみてほしいです。
<2018.11.8. 立川まんがぱーくにて>
*****
<プロフィール>
杉本亜未(すぎもと・あみ)/マンガ家
代表作に『アニマルX』シリーズ、『独裁者グラナダ』、『アマイタマシイ』『ファンタジウム』など。
公式ツイッターアカウント:@SugimotoAmiInfo
山内康裕(やまうち・やすひろ)/これも学習マンガだ!事務局長・選書委員
1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。
2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「これも学習マンガだ!」事務局長、「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門事業ディレクター、「立川まんがぱーく」コミュニケーションプランナー等も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)』、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊(文藝春秋)』等。