2018.06.01
2015年に日本財団主催事業として始まり200作品を選出した「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」は、2018年度よりレインボーバード合同会社、協力会社としてご支援いただいていたキハラ株式会社、日本財団を構成員とする「これも学習マンガだ!」実行委員会の主催事業となりました。
今回は選書委員・本山勝寛さんと、事務局長・山内康裕のプロジェクト発起人対談をお届けします。
プロジェクト始動! 立ち上げから初年度、世の中の反応は?
山内:
「これも学習マンガだ!」これまで&これから対談ということで、まずは「これも学習マンガだ!」3年間の取り組みを振り返っていきたいと思います。
初年度は、まずプロジェクト立ち上げ前に、本山さんも含めた関係者の方々と時間をかけて協議をさせていただきました。
日本財団さんとしては、始める前にしっかり議論をするというのは、よくあるパターンなんですか?
本山:
半年くらいかけて、委員会形式で検討しましたね。ああいうやり方は多いわけではないんですけど、企画段階からいろんな人を巻き込んでいったほうがいいという判断をする時もあって、「これも学習マンガだ!」についても、そういう提案がありました。
結果的に、時間はかかりましたけど、その分いろんな意見を吸い上げることができたので、良かったのかなと思っています。
山内:
アプローチ方法なども含め、あの会議があったから根本がしっかりしましたよね。ルールに従って作品を選んでいくというよりも、根本の思想をちゃんと共有して、そのうえで選んでいくやり方になったのが良かったと思います。
本山:
そうですね。マンガ界、教育界、図書館界…いろんな立場の方からの意見によって、目指す方向が言語化されて、よりクリアになった感じがしました。
山内:
立ち上げ後は、ソーシャルメディアを中心に書店、図書館、一般…と各所へ施策を打って、かなりプロジェクトの情報を拡散できたと思います。日本財団さん内での反応はどうでしたか?
本山:
あの時は、いわゆる匿名掲示板みたいなところでも話題になったじゃないですか。
日本財団の事業って、そういうところで話題になることは少なくて、話題になる時は、どちらかというとネガティブな形で…まあ、基本ああいうところってネガティブじゃないですか(笑)。
でも、「これも学習マンガだ!」に関しては、かなりポジティブな反応だったんです。
山内:
叩こうと思ったら叩けなかったんですね(笑)。
本山:
そうそう。日本財団なのにいいじゃないか、みたいな(笑)。あれだけポジティブにそういうところで話題になったのは初めてだったんじゃないかと、広報関係者などは評価していましたね。
図書館とのコミュニケーションに注力した2年目、現場のリアルな声は
山内:
2年目は、一般の方が投票できるキャンペーンサイト「これが俺の学習マンガだ!」を作り、上位作品をホスピスに贈るなどの取り組みもしつつ、一方では「これ学マンガだより」の発行など、より図書館に普及していく方向にシフトしています。
図書館をはじめとする、普段マンガを置きにくい所にとって、ある意味で公的な選書指針が示されることは一定の意義があるのでは、というのは当初から仮説としてはありましたが、実際の反応を見ていても、その通りだったのかなと。書店からも反応は良かったですけど、やはり図書館からの反響が大きかった。
本山:
検討段階から図書館協会の方々に入ってもらっていましたしね。図書館にまだまだマンガが置かれていないという状況を、当たり前のように置かれている状況に変えていきたいという意志が、こちらにもあったので。
ひと昔前は小説がその道をたどったように、今は、マンガにも読まれるべき作品としての価値がある。読んだ人の学びにつながったり、世界観を広げてくれたりする読み物であるはずですから。
私自身、家にはマンガはほとんどなくて、マンガを読むために図書館に通っていました。当時は『火の鳥』、『あしたのジョー』くらいしか置かれていなかったけれど、それらを図書館で真剣に読んだのがきっかけで、ほかの本も読むようになった。
そういう原体験からこの事業を考えて、この1~2年目は、狙い通りになったなという気がします。
で、図書館を含む公共機関って、なかなか一気に広がるっていうのは難しいと思うんですけど…。
山内:
はい。図書館界隈の方々への普及は、いきなり火が付くというよりも、じわじわ進んでいます。業界内の口コミで広がっていっている要素が強いですね。だから、問合せに対して適切にツールを提供していく、コミュニケーションをとっていくというやり方が良かったのかなと。
現在、公共図書館・学校図書館合わせて400以上の図書館で活用されています。それなりに業界でのインパクトにはなっているのではないかと思います。
本山:
現場の司書さんからの声としてはどんなものがありますか?
山内:
無料配布しているポスターが好評です。選出作品の書影が子どもの興味を引きやすいようで、ふだんあまり図書館に来ない子や、来てもどこを見ていいかわからない子が、ポスターを見ている。そうすると、司書さんが話しかけるきっかけにしやすいみたいです。「好きなマンガある?」とか。
あとは、高校の図書館では特に、「職業」「多様性」ジャンルの作品が活用されているようです。
「こういう仕事があるんだ」「こういう価値観で動く人もいるんだ」というような、より大きな意味での“多様性”を知るきっかけになっているようですね。
「200選」選出完了の3年目。選書リストを眺めて2人が思うこと
山内:
3年目は、選書委員に堀江貴文さんが加わり、グッドデザイン賞を受賞し、図書館大会で発表をさせていただき…と、普及という面ではさらに推進できたかと思います。一方で選書に関しては、かなりボリュームが出てきたということもあり、“200選”でいったん終了ということになりました。
本山:
いいリストになりましたよね。200作くらいだったら、少し時間をかければ全部読破することも…『こち亀』とかは難しいかもしれないですけど(笑)。でも、これを全部読んでいる子とそうでない子がいたら、かなり見える世界が違うんじゃないかと。
山内:
200作ともなると、各ジャンル内での網羅性も出ていますしね。「戦争」ジャンルなら、ここに挙がっているものを読めば、日本の戦争マンガの全体像が見える、という感じで。「多様性」にしても、ジェンダーや家庭環境など、いろんな切り口から“多様性”を描いた作品がそろっているし。
本山:
私はマンガの専門家じゃないので、これを通して初めて知った作品も多かったです。中でも印象的だったのが『マウス』。アウシュビッツの話って、日本人はなかなか自分ごととして捉えられないんだけど、だからといってリアルに描写された作品とか、ドキュメンタリー映画とかで知ろうとすると、重すぎるところがある。それがネズミとか、動物で表現されていることで、重いテーマをある程度エンタメとして読めて、自分ごと化しやすい作品になっているなと。
山内:
そのあたりのお話でちょっと思っているのは、今は価値観が多様な時代で、一人ひとりが内側に持っている情報の量がとても多いと思うんです。でも、各々がそれをそのまま表現してコミュニケーションしようとすると、情報が処理しきれない。そこで、わかりやすくするために、あえて情報量を落とした表現がコミュニケーションの場で必要になってきているんじゃないかと。
例えばユーチューバーの方って、表情やアクションがとてもマンガっぽいんですよね。動画にフキダシなんかの演出を取り入れていることもあって。
そういう意味で、記号としてのわかりやすさがあるマンガやアニメの役割も、より増えてくるのかなという気がします。
本山:
作者の伝えたいことが伝えやすいという面がある一方で、読者側の捉え方、感じ方も多様で、自由度が高いじゃないですか。それもマンガの良さだと私は思っていて、作品を読んだら、その次のステップとして、それぞれの読書体験を共有することも広がっていくといいなと思っています。
感想文、ゲーム、マンガで授業…「楽しく学ぶ」をもっと推進するために
山内:
そのあたりから、今後の話になっていくと思うんですけど…。
「これも学習マンガだ!」は、選書はこの3年間でいったん終了し、今後は実行委員会方式で、改めて日本財団さん・これまでも協力いただいてきたキハラ株式会社さん・事務局を担当してきた弊社(レインボーバード合同会社)で事業の活用・普及を行っていくことになりました。まずはこの三者でのスタートという形で、今後パートナーを増やしていければと考えています。
活用というところで、何か今後の構想などありますか?
本山:
そうですね…まずは、やはり読書体験の共有というところで、読書感想文みたいなものとか、それが堅苦しければ感想をプレゼンし合うビブリオバトルとかができたら面白いなと思います。
山内:
ある程度パッケージ化というか、誰でもできるような形にできると良さそうですよね。
僕は、ひとつの作品を深堀りしあうようなアナログゲームを作るのも面白いかなと思っています。図書館とか公民館でそういうゲームができたりすると、より作品に踏み込めるし、作品を通じて価値観を知り合えるきっかけにもなるかなと。
本山:
あとは、学校に焦点を当てるとしたら、授業案みたいなものがあってもいいかなと思います。
学校の図書館に置かれている選出作品を使って、先生が授業をできるパッケージを作るんです。示唆のあるコマとか、ディスカッションのテーマ例の提示とか。
マンガって権利関係もあって、授業で使うのは大変だと思うんですけど、そこをクリアにした上でセットにして用意してあげれば先生も使いやすいし…マンガで授業なんて、子供もきっと嬉しいじゃないですか。
山内:
一度、実験的に小学校の道徳の授業に選出作品を使ってみていただいて、本当にそう思いました。普通の道徳の授業って、国語が得意じゃない子はついていきにくいんですよね。だけど、道徳の授業で教えたいことは「どう考えるか」であって、文章を読み解くことではないはずなんです。インプットをマンガにしたことで、国語ができる子もそうでない子も全員が参画できたことに、先生も驚かれていましたし、とても有意義だったと思います。
本山:
やっぱり「edutainment」と言っている以上、子供たちに「楽しい学び」を届けることに、この事業の社会的な意義があると思うので。そこにつながるような発展があるといいですよね。
私は今パラリンピックサポート事業を担当していて、その中でもパラリンピックについての教材を作りました。2020年に向けてオリンピック・パラリンピックを授業で取り上げないといけないという状況を踏まえて、映像とスライド、授業案をセットにしてすべての学校に届けているんです。それを使えば、パラリンピックのことをよく知らなかった先生でも、しっかりパラリンピックの授業ができる。
山内:
なるほど。
本山:
「これも学習マンガだ!」でも、そういう授業セットみたいなものがあると便利だと思います。場合によっては教員向けにワークショップや研修を行うとか、実際の授業風景の動画をアップしてみるのもいいかもしれませんね。
山内:
そのあたり、ちょっと考えてみたいですね。先ほど僕が言ったアナログゲームのようなものも、グループ単位でできるプログラムとしてあったりすると、子供が能動的に授業に参加できるという意味でもいいかもしれない。
本山:
先生の中でもマンガ好きって必ずいるはずだし…語りたいマンガも絶対あると思うんですよ(笑)。
山内:
そうですよね。ただ、授業でマンガを使うことを考える場合、描かれていること全てが正確な事実とは限らないという難しさもあるようです。
本山:
先生用の授業ガイドには「この作品にはこう描かれているけど、歴史的な事実はこうです」みたいな補足情報を入れるとか、何かしらフォローができるといいですよね。
「これも学習マンガだ!」だ! 世界にアピールできる、マンガ×学びの可能性
山内:
話は変わりますが、200作品の選出が終わって以降に読まれたもので、「これも学習マンガだ!」と思われた作品って、何かありますか?
本山:
最近だと、やっぱりパラリンピックの仕事をしているというのもあって、視覚障がい者のマラソンランナーとそれを補助するガイドランナーをテーマにした『ましろ日』という作品が良いなと思いました。
山内:
僕の方は、人工知能を扱った作品が最近増えていて、結構おもしろいなと思っています。
『AIの遺伝子』、『バディドッグ』、『アイのアイザワ』とか。
人工知能と人間の関係性みたいなことは、たとえば『火の鳥』でもロビタというキャラクターを通じて描かれていたけど、今はその議論が、より現実のものとして行われるようになってきている。それをシミュレーションするのに、マンガという表現は使いやすいのかもしれません。
本山:
あとは、『君たちはどう生きるか』。
これは、間に合えば普通に「これも学習マンガだ!」のリストに入るべきだったと…。
山内:
思いました。もちろん内容もすごくいいし、マンガで導入して活字を読ませるという作りも秀逸ですよね。このプロジェクトを通じてやろうとしたことがそのまま1冊になっている。この作品がベストセラーになった意義は大きいし、「これも学習マンガだ!」が、そういう流れを作る一翼くらいは担えたかなという気もしますよね。
2016年にはマンガ学会で「学校とマンガ」というテーマでシンポジウムが行われたりもしましたし、いろんな意味で「マンガ×学び」の流れが来ているように思います。
本山:
たぶん、もっともっとメジャーになると思いますよ、「マンガ×学び」というテーマは。
可能性としては、海外にも広まっていけるものだと思うんです。
そもそも「学習漫画」というジャンル自体がもっと世界に知られてしかるべきだし、そのうえで、エンタメとして世界で読まれている日本のマンガが、各地の教育現場で「学び」の素材として位置づけられていくと、すごく良いなと思います。
パラリンピックの仕事をしていて思うのは、日本のオリ・パラに世界が期待していることって、もちろんスポーツの祭典ではありますけど、やっぱりマンガやアニメ、ゲームといった日本発のポップカルチャーとスポーツがどう融合して発信されるかっていうところじゃないかという気がするんです。
これまで単純なエンタメとして親しまれてきた日本のポップカルチャーの、新たな可能性を世界に見せる機会になる。
マンガと学び、スポーツ、日本文化…いろんな組み合わせを見せられれば、海外展開の可能性もあるんじゃないかと感じています。
山内:
直近では国際交流基金がアメリカで冊子制作と推薦コメントの英訳をしていて、6月には台湾でのMANGAサミットに合わせて、若手のマンガ家やマンガファンを対象に里中満智子選書委員長とトークショーなども行います。
2020年に向けて機運が高まっている中で、「これも学習マンガだ!」もうまく入れ込めると良いですよね。
本日はありがとうございました。
本山 勝寛
作家 / 日本財団 子どもの貧困対策チーム チームリーダー
東京大学工学部システム創成学科卒業、ハーバード教育大学院国際教育政策専攻修士課程修了。 日本財団で広報グループ、国際協力グループ、日本財団パラリンピックサポートセンターを経て現職。 同財団で、新規事業「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」を立ち上げる。 著書に、『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』(ポプラ新書)、『頭が良くなる!マンガ勉強法』(ソフトバンク文庫)、『最強の独学術』(大和書房)、『一生伸び続ける人の学び方』(かんき出版)、『16 倍速勉強法』(光文社)など多数。 BLOGOS ブロガーとして教育やマンガについても政策提言や批評活動を行う。
山内 康裕
マンガナイト代表 / レインボーバード合同会社 代表社員
1979 年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009 年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。2010 年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、マンガに関連した施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭 2014」「アニメ orange 展」等。「日本財団 これも学習マンガだ!」事務局長、「一般社団法人 さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「一般社団法人 国際文化都市整備機構」監事も務める。