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2018.07.02

2018年6月13~16日、各国のマンガ家有志などが意見交換と交流を行うシンポジウム第17回「 国際マンガサミット台湾大会」が台北市・新北市にて開催されました。

「これも学習マンガだ!」では連動企画として、6月16日に「マンガ×学び」をテーマとするトークショーを実施。「これも学習マンガだ!」選書委員長の里中満智子氏、美少女キャラクターのデザインやイラスト、マンガを多く手がける有馬啓太郎氏が登壇し、「これも学習マンガだ!」事務局長の山内康裕が進行を務めました。

今回は、「これも学習マンガだ!in台北レポート<前編>」として、このトークショーの様子をお届けします。

 

「マンガの味方をしようと思った」――アトムに育まれた少女時代

 

山内:

「これも学習マンガだ!」事務局長の山内です。本日はよろしくお願いします。

今日は「マンガで学ぶ、マンガを学ぶ」というタイトルに沿って、「これも学習マンガだ!」選書委員長の里中満智子先生、マンガ家・イラストレーターの有馬啓太郎先生とディスカッションをしていきたいと思います。

まず、今回は角川国際動漫教育の生徒さんを対象に、事前アンケートをさせていただいています。

一番好きなマンガ、人生を学んだマンガ、マンガ家を目指すきっかけになったマンガなど…このあたりを踏まえてお話を伺えればと。

(※アンケート結果は、2018年8月アップ予定のこれも学習マンガだ!in台北レポート<後編>にて掲載いたします)

 

僕の感想としては、日本の20代くらいの若い層が読んでいるマンガとだいぶ近いなと思ったんですが、お2人はどんな印象を持たれましたか?

 

里中:

はい、今の日本の読者とほとんど変わらないラインナップになっていて、マンガに関してタイムラグというものはもうないんだなと強く感じました。有馬先生いかがですか?

 

有馬:

そうですね、まったく日本と変わらないと思います。

ただ、たとえば「一番好きなマンガ」という項目をよく見ていくと、ごく最近の作品から10年、20年前の作品まで、意外と時代が散らばっていますよね。やっぱり「一番好き」ということで、少し前の作品でもずっと読まれて、選ばれているものがあるんだな、とは思いました。

 

山内:

なかなか興味深い結果になっていますよね。このアンケートに答えてくださった方も含め、今日はマンガ家を目指している方も参加されていると思いますが、続いてはお2人がマンガ家を志すきっかけになったもの…マンガ作品や、それ以外のものでも。そのあたりを聞いていきたいと思います。

まず里中先生にお聞きしますが、先生がマンガ家になろうと思われたのは、いつ頃、何がきっかけだったんでしょうか。

 

里中:

小学生の…10歳前後の頃ですね。手塚治虫先生の作品、特に『鉄腕アトム』がきっかけです。

この作品のどこが好きだったかというと、悪役のロボットが悪いことをする理由が、そのロボットの立場で描かれていた。ただ悪い奴が暴れるっていうんじゃなくって、悪いことをしてしまうロボットの悲しい運命や立場が、ちゃんと描かれていたところです。やむにやまれぬ事情があって戦ってしまう。戦うことのむなしさ、悲しさが、子供にも伝わってきました。

 

マンガって、とっても感情移入しやすい…つまり、自分の目でセリフを読んで、自分の目で表情を見て、自分で読んでいかないと、前に進まないドラマなんですね。映画やお芝居と違って、自分で読み進めることで物語に入り込んでいく。だから、主人公の気持ち、登場人物の気持ちにものすごく入り込みやすいツールなわけです。

 

よく、道徳の授業なんかで「相手の立場を理解しましょう」とか「人の身になって考えましょう」とか言われますけど、言葉で言われてもなかなか想像できない。

でも私は、『アトム』で悪いロボットの立場を考えたことで、「相手の立場を想像してみよう」っていう気持ちに、本気でなりました。

 

ところが世の中では、「『鉄腕アトム』は教育に悪いから、絶対に子供に見せちゃいけない」と、そういう大人たちの声が大きかったんです。

「ロボットが感情を持つなんて非科学的すぎる、子供に間違った知識を与えるのはよくない」「ロボット同士が戦って壊れるのは残酷である、子供が残酷なことに慣れたらどうするんだ」と。

「子供はちょっと難しい文章を読んで脳を鍛えるべきだ。絵が多くて文字が少ないマンガを読んでいると脳が発達しない」という、恐ろしく非科学的な理屈までつけて、大人たちが「『アトム』は、マンガは悪いものだ。子供に見せるのをやめよう」という運動を起こしました。

 

私は活字の本も大好きでしたし、学校の勉強も大変よくできました(笑)。

ただ、活字の本を読んでいると、内容に関係なく、大人たちは「満智子ちゃんは本をたくさん読んで偉いわね」って言うんです。ところがマンガを読んでいると、「まあ、そんなくだらないものを見て。どうしたの?」って言うんですね。世の中全体が、そういう感じでした。

 

そのあたりから、「私はマンガの味方をしよう。マンガを守りたい」と決心して、それが出発点になり、やがてマンガ家を目指すようになりました。

 

ラムちゃん、『AKIRA』、「花とゆめ」…あらゆるマンガが「マンガの学び」に

 

里中:

最初に言った、「相手の立場に立つ」ことを学んだという以外にも、何かずるいことを…例えば、学校の掃除当番をさぼりたくなったりした時に、「アトムはこんなことをしないだろう」と思うんですね。アトムに対して恥ずかしくない人になろうと決心したおかげで、私は悪いことをせず、清らかに(笑)、この歳になるまで生きてくることができました。

 

私がもしマンガ家になっていなかったとしても、アトムに非常に多くのことを学んだし、アトムが私を育ててくれたと思っています。だからアトムには感謝しております。皆さんも機会があれば…少し昔のマンガではありますけど、『鉄腕アトム』をご覧になってみてください。

…すみません、長くなってしまって(笑)。

 

山内:

いえ(笑)。先生のアトムへのほとばしる思いを感じられました。

 

里中:

もちろん『アトム』だけじゃなくて、手塚先生の作品というのは、子供にもわかる、でも大人になったらもっと深い意味がわかる、そういうふうになっているんです。

だから今回、アンケートの回答に『ブラック・ジャック』が入っていたのは、とても嬉しかったです。

 

山内:

僕も最近、人工知能や人工生命についての議論が活発になっている中で、改めて『火の鳥』を読み直してみて、やっぱり本質的なことが描かれているなと思うところがありました。

何歳になっても、時代が変わっていっても、読み返すごとに新しい発見があるというのが手塚作品なのかなと、身をもって感じましたね。

では、もっとマンガが普及した後の世代になる有馬先生はいかがですか?

 

有馬:

やっぱり、好きで読んでいたものの影響が強いんですよね。そういうものが自分という人間を、人格を構成するうえでとても重要な要素になっているんだなということが、今の里中先生のお話で改めてよくわかりました。僕もそうでした。

 

山内:

具体的には、どんな作品から影響を受けられましたか? マンガ家を志すにあたって。

 

有馬:

いくつか段階がありまして…自分がはっきり覚えている範囲では、最初は『ドラえもん』などの、藤子不二雄先生の作品です。

それから小学校高学年くらいになる頃には、だんだん女の子が気になりだしました。でも、現実の女の子は怖いと(笑)。

それで、アニメやマンガ…例えば高橋留美子先生の『うる星やつら』に出てくるラムちゃんとか、細野不二彦先生の『さすがの猿飛』『Gu-Guガンモ』に出てくる女の子とかが好きになって。

そうしてマンガにハマっていくうちに、自分でもマンガを描きたいと思うようになりました。

 

将来マンガを描くためにはいろんなことを勉強しなければならないな、と考えているうちに、歴史を題材にしたマンガにも興味を持つようになりました。

里中先生の『天上の虹』もそうですし、山岸凉子先生の『日出処の天子』とか、小山ゆう先生の『お~い竜馬』とか。

 

さらに、やっぱり絵の勉強もしなきゃならないということで、大友克洋先生の作品を読んで、そこから人間の身体のつくりなんかに興味を持ったり…いろいろ探していくうちに、自分が好きなもの、描きたいものはやっぱり女の子、美少女だとわかるようになっていきました(笑)

そうなると、僕は男性なので…作家として絵を描いていくうえで男性目線の及ばない世界・女性作家の描くものにも興味をもつようになったんです。なんせ描かれているものが綺麗でカワイイですから。そして少女マンガの絵を勉強しようと思うようになる。それで、成田美名子先生の『エイリアン通り』とか、「花とゆめ」系の作家さんからも、特に着色などの部分で影響を受けました。

 

そんな感じで、僕はマンガ自体がだいぶ普及して、アニメやゲームやいろんなほかのメディアに広がっている中で、いろんなものの影響を受けてマンガ家になっていった世代ですね。

 

山内:

「マンガ」の社会的な立場の変化が感じられて興味深いですね。

 

「マンガを学ぶ」には、マンガ“以外”も学ぶべし! 想像力を育むために

山内:

マンガ家を目指す今の若者に対しておすすめのマンガや、こういうことをしておくといいよ、みたいなことはありますか? 先ほどのお話でも『アトム』や手塚作品が挙がりましたが。

 

里中:

まず、「これも学習マンガだ!」に選ばれている作品は、人生を学ぶという意味でおすすめです。

ただ、私が最近むしろ気になっているのは、マンガ家志望者の中で、「マンガしか読まない人」がすごく多くなっていることなんです。

物語を作ろうとする人がオリジナリティーを育てるうえで一番大切なのは、自分だけの考え、感性、感じ方を育てることです。それができていないと、作品を描いても、好きなマンガや素敵だなと思う絵の真似になってしまいますから。

 

そのためには、マンガだけを読むのではなく、ありとあらゆるものから、いろんなことを学んでほしいと思います。

例えば、音楽を聴いて、そこにどんな風景が表されているのかイメージする。

それから、世界中の文学作品の、古典と呼ばれるものは、とりあえず全部読んでおいてほしい。そこには何百年、あるいは一千年以上人の心をつかんできたものが必ずあるからです。

 

それと、自分の考え方を育てる、まとめる訓練としては、1日に5分でいいので、別の人になったつもりで物事を考えること。私自身、10代後半から心がけてやってきた方法です。

例えばアメリカのトランプ大統領になったつもりで、どんな演説をするか、本気で考える。毎日トランプ大統領になるのは嫌でしょうから(笑)、毎日同じ人でなくていいです。近所の誰かでもいいし、クラスの誰かでもいい。もし自分がこの人だったらどうしようか?を考える。

それを癖にすると、自分自身の考え方がわかってきます。そこが、何かを作り出すスタートになると私は思います。

 

マンガという表現は、いろんな表現の「総合」の結果なんです。だから、貪欲にいろんなことを吸収してほしいですね。いろんなことを考える時間は自分を育ててくれるし、もしマンガ家にならなかったとしても、人生を豊かにしてくれる、素晴らしい財産になりますから。

 

山内:

僕はマンガ家ではないんですが、お話をお聞きしていて、「人の立場を想像して考える」ということは、すべての職業において必要なことだなと身に沁みました。

 

有馬:

今のお話を受けて思ったのは、マンガを描くには、結局のところ「想像力を作る、得るための訓練」が必要なんですよね。

それは、里中先生が言われた「自分がこの立場だったらどうなるだろうか?」と考えることと、もうひとつは、実際に現実での経験を積むこと。この両方をやることで、どんどん鍛えられていくんじゃないかなと思うんです。

 

例えばスポーツものを描かれる先生方は、学生時代に実際にその競技を経験していることがものすごく多い。現実での経験があるから、細かいシチュエーションの描写ができる。

一方で、「自分が実際にこの状況にあったら?」ということをすごく考える、シミュレーションをしているんだと思うんです。だって、実際には優勝したり、すごく優秀な選手だった経験がある先生なんて、ほとんどいないはずなんですから。

シミュレーションと現実での経験と、その両方があるから、面白いスポーツマンガを描けるという考え方ができると思います。

 

僕自身のことで言うと、僕は当然美少女ではないんですけど(笑)、でも、僕の中には美少女がいて、かなりかわいい(笑)。それは、僕が思う「かわいい女の子」のことを、じっくり考えてシミュレーションしているからです。

これは本当に大切なことで…キャラクターにどういう背景があるのか、その子が何を考えているのかをシミュレーションすることで、初めてキャラクターが動き始めるんです。

 

だから例えば、今まで読んだ、見たマンガやアニメの中にカッコいいと思うキャラクターがいたら、「こいつはなぜかっこいいのか」、さらに「自分だったらどうするか」を考えてみる。

そうして出てきたものが、「自分の作ったカッコいいもの」「自分の作ったかわいいもの」に変わっていくんだと思います。

 

里中:

とても重要なお話ですね。キャラクターを作るときは、なんとなくのイメージだけじゃなく、具体的に考えてほしい。身長は何センチなのか、好みの食べ物は何なのか、両親はどんな人なのか、苦手なものは何か。それによってキャラクターが育っていきますから。

 

山内:

各々が好きな作品やキャラクターから自分なりの作品づくりを学びつつ、現実でのさまざまな体験をすること、さまざまな立場に立つシミュレーションをすることが大事なんですね。

本日はありがとうございました。

 

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【プロフィール】

里中満智子  マンガ家/マンガジャパン代表

「これも学習マンガだ!」選書委員長。

1948 年1 月 24日大阪生まれ。1964 年(高校 2 年生)に『ピアの肖像』で第 1 回講談社新人漫画賞受賞。代表作に『あした輝く』『アリエスの乙女たち』『海のオーロラ』 『あすなろ坂』『狩人の星座』『天上の虹』 など多数。2006 年に全作品及び文化活動に対し文部科学大臣賞、2010 年文化庁長官表彰、2013 年度古事記出版大賞太安万侶賞(『マンガ古典文学 古事記』)、2014 年外務大臣表彰。公益社団法人日本漫画家協会常務理事 / 一般社団法人マンガジャパン代表 / NPO 法人 アジア MANGA サミット運営本部代表 / デジタルマンガ協会会長 / 大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長など。

 

有馬啓太郎  マンガ家・イラストレーター

マンガ・イラストなどを幅広く作成し、コミックマーケットにも積極的に参加しているため同人文化に造詣が深い。代表作「月詠-MOON PHASE-」は2004~2005年に新房昭之監督×SHAFTによりアニメ化されている。作品放映後に毎回流されたエンドカード(他作家による応援イラスト)のシステムは著者自身が発案・実行した企画である。エンドカードはSHAFT作品のみならず、その後多くのアニメ作品の定番となった。

現在、サッカーJ1リーグ初の公認萌えキャラクター、カワサキまるこ(川崎フロンターレ)のキャラクターデザイン・4コママンガ等を担当している。

 

山内康裕  マンガナイト代表/レインボーバード合同会社 代表社員

1979 年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009 年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。2010 年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、マンガに関連した施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭 2014」「アニメ orange 展」等。「これも学習マンガだ!」事務局長、「一般社団法人 さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「一般社団法人 国際文化都市整備機構」監事も務める。

 

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これも学習マンガだ!in台北レポート<後編>では、回答いただいたアンケート結果や新北市立図書館の訪問記をお届けします。お楽しみに!