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2019.03.27

これも学習マンガだ!選出作品著者インタビュー企画、トリを飾るのは『東京トイボックス』著者、マンガ家ユニット<うめ>のシナリオ担当・小沢高広先生です。二児の父でもある小沢先生の視点から、学習マンガについて、教育について、人工知能を題材にした最新作について…さまざま語っていただきました。
(聞き手:これも学習マンガだ!事務局長/選書委員 山内康裕)

『トイボ』シリーズ誕生のきっかけ。目指したのは“打倒・島耕作”!?

山内康裕(以下、山内):
今日はよろしくお願いします。
まず、『東京トイボックス』を描かれたきっかけについて教えていただけますか?

<職業「東京トイボックス」これも学習マンガだ!>

小沢高広(以下、小沢):
よろしくお願いします。
きっかけはですね…まず「サラリーマンをテーマにした作品を」という要望が「モーニング」編集部からありまして。
あの雑誌だと、今も続いている「島耕作」が一番有名なサラリーマンですよね。それで、「打倒島耕作」というテーマで企画出してって言われて…。

山内:(笑)。

小沢:
打倒って言ったって、島耕作だよ!?って(笑)。今やもう異世界にまで行ってしまっている…。(※『転生したらスライムだった件』(原作小説:伏瀬/漫画:川上泰樹)とのコラボレーション作品『転生したら島耕作だった件』が「イブニング」2019年7~9号に掲載)

それで、どうしようかって思った時に…当時、島耕作的なサラリーマンというと、まずスーツを着てネクタイを締めているというのがあったので、そこに対抗して、ラクな格好で仕事をしている可能性のある…限りなくフリーランスに近い、我々の感覚をのせやすい仕事って何だろう?と考えて。
そこで、僕自身も子どもの頃に夢見たことがあった、「ゲーム作る人」がいいなと。

山内:
実際にゲーム業界の方に取材もされたんですか?

小沢:
しました。ただ、最初はマジメに質問事項をバーッとあれこれ書き出して聞いてたんですけど、これがまあ~役に立たない(笑)。
マンガの取材って、いわゆるメディアの取材とは違うので、業界規模とか、開発期間とか…それももちろん大事なんだけど、そういうのはお話のネタにはならないんですよね。知りたいのは人間臭いエピソードであって。

結局、助けになったのは、その人たちと一緒に飲みに行くようになったことです。プライベートで飲みながら話してくれるグチが一番、人間臭さに溢れてるんです。そこまでの信頼関係を作るのに、先方も懲りずに時間をかけてくれたのでありがたかったですね。

山内:
作品に対する反響はいかがでしたか? たとえば実際に、『東京トイボックス』シリーズを読んでゲーム業界に入りたいと思ったお子さん、学生さんもいたと思いますが。

小沢:
何人かいます。去年も会いました。そういう人と。某お仕事の絡みで…普通に打ち合わせをしたんですけど、帰り際に「実は『トイボ』読んでゲーム業界に入りました」って言われて。
ええっ!? 大丈夫でしたか!?って心配になっちゃったんですけど(笑)。でも、楽しくやれてるみたいです。
一定数の方が『トイボ』を読んでゲーム業界に興味を持ったり、実際に入ってくれたりしているのは、やっぱり嬉しいですね。業界に入ってからもたまに読み返してくれてるなんて話を聞くと、すごく嬉しいです。

山内:
選書委員としても、何回読んでも…たとえば10歳の時に読むのと、15歳の時に読むのとで、それぞれ新しい発見がある作品であるということを意識しながら選んでいます。『トイボ』もやっぱり、業界に入る前と入った後だと、見方も全く変わってくると思います。

小沢:
ただ、(時間を経て読み返されることで)難しいのは…当時は、納品物(ゲーム)をDVDに焼いて渡すじゃないですか。
今、(データの受け渡しが)オンラインなんですよね。全部。それ、ドラマになりにくいなー!って(笑)。まあ、今なら今でまた別のドラマになるけれども。そのへんの違いはありますね。

山内:
(笑)。どの業界でも、時代の変化に伴っていろんなところが変わっていきますからね。

 

「学べる」ワケはどこにある? 社会に触れる第一歩としてのマンガ

山内:
『東京トイボックス』は、<職業>ジャンルで「これも学習マンガだ!」に選出させていただいています。
この事業は学校図書館、中でも高校図書館に普及していて、特に全員が大学進学するような高校よりも、就職する生徒も、専門学校に進む生徒もいるような、卒業後の進路が多岐にわたる学校で活用されていて。
そういう意味でこのジャンルは、いろんな職業について…脚色ももちろんあるとは思いますが、その職業の中で起こるドラマについて知るきっかけになるということで、少し厚めに選ばせてもらっています。

小沢:
なるほど。(ハンドブックを見ながら)…ああ、よかった、『闇金ウシジマくん』は<職業>ではないんですね(笑)。


<社会「闇金ウシジマくん」これも学習マンガだ!>

山内:
はい、<社会>にしています(笑)。
『ウシジマくん』は毎回、候補に挙がっていたんですが、最後の年まで選出はされませんでした。
画風もリアルなので、たとえば同じネタを『ナニワ金融道』の絵で見るのと、『ウシジマくん』で見るのとでは、後者はリアリティが強すぎてしまうから、子どもも見る可能性という点でどうなのか…という議論がありました。

小沢:
いろんな「学び」はたしかにあるけれども…。悩ましいところですよね。

山内:
その「マンガで学ぶ」ということについてですが、小沢先生はどう思われますか? 有用性というか、固有の効果みたいなところで。

小沢:
うーん、何だろう…おそらく、「文字に絵がついていて、それを読む」ものであるマンガならではの効果っていうのは…気持ちだったり、汗臭さだったり…ある種の「生々しさ」を感じられるところですよね。

そういう「生々しい」キャラクターが、何か専門性のあることを作中でやってくれる。その世界に入り込むことには、一般的な何かの入門書を読むのと比べると、壁がない。1枚か2枚かわからないけど、だいぶ壁が取っ払われている状態だと思います。
だから、もしかしたら、それによって嫌いになっちゃうこともあるかもしれないけど、それはそれでいいとも思っていて。
そのダイレクトさが、何かを「学ぶ」ためのものとしてのマンガの、一番のメリットだと思います。

山内:
そういう意味でも、国語や算数を「学ぶ」のとは違う視点で、新しい価値観や多様な生き方を「学ぶ」のにマンガは適しているのかなと思いますよね。

それから、選書委員の…特に僕の思いとしては、“「社会」というものを意識した時に、かたわらにあると価値観が広がるマンガ”というのを狙っているところもあって。
そのタイミングは小学校高学年かもしれないし、大学を出てからかもしれない。そういう時に、ここに選ばれているマンガを読むことで、自分の知らない世界を一つ知ることができるんじゃないかなと。

小沢:
うん、うん。うちには今、8歳と11歳の子どもがいるんですけど…よく、子どもって発想が柔軟だとか言うじゃないですか。でも、あれって大人の願望で、僕の感覚だと…ほんっとに頭固いんですよ、子どもって。特に保育園とか小学校に入ってからは、「こうするべきである」みたいな思考でどんどん埋められていくところがあります。
親としては、そんなに気にしなくていいのにと思うんだけど…それで疲れちゃって、学校に行くのがイヤになっちゃったりするじゃないですか。

そういう時に、マンガって…ちょっとダメな人とか、変わった人とかがテーマになりやすい。正規分布で言えばだいぶ、山の両端に寄ってる人が多いですよね。
マンガを読むことを通して、そういうことに触れておくことで、「これでもいいんだ」って思える選択肢を…たとえその時は選べなくても、頭の中のどこかに持っておけると、すごくいいなという気はしますよね。

山内:
同じような情報でも、文章で読んだり、映像で見たりするのと、マンガで読むのとで、情報の入り方も違いますからね。

小沢:
そうなんですよね。マンガって、すごく(描かれている情報が読者に)インストールされやすいじゃないですか。僕は映像より入ってきやすいと思っているところがあって。
結局、映像ってスピードが一定で、作品のほうにコントロールされちゃうけど、マンガは止めたり進めたり戻ったりをユーザーが選べるんで…そこもマンガの強いところだと思います。

 

『二月の勝者』『ブルーピリオド』…小沢先生&山内の選ぶ「これも学習マンガだ!」

山内:
小沢先生ご自身が子どもの頃に、「学んだ」マンガはありますか?

小沢:
これは僕、もう何百万回と言ってますけど、『こんにちはマイコン』(すがやみつる)です。

あの作品は、いわゆる“学習まんが”として出たものではありますけど…僕は、今も日本が、シリコンバレーからこれだけ離されたり、中国なんかが台頭したりしている中でも、テックの方面でなんとか踏ん張っていられるのは、あの本があったおかげだと思ってます。それだけ影響力のあった作品です。

やっぱり興味を持つきっかけとして、マンガってすごくいいですよね。
うちの上の子は、一時期『ちはやふる』をすごく読んでいたんです。
それである日…近所のドラッグストアの文房具売場で、試し書きするコーナーあるじゃないですか。そこに、誰かが百人一首の歌の、上の句だけ書いてあったんですよ。そうしたらうちの娘、下の句を書き足してて! うわ~、なに雅なことしてんのこいつら!と思って(笑)。

そうやって『ちはやふる』で百人一首を覚えて…学校にも持っていって、先生に交渉して、雨の日は教室で百人一首をやっていいというルールを勝ち取ってましたね。

<芸術「ちはやふる」これも学習マンガだ!>

山内:
素晴らしいですね!
『ヒカルの碁』が流行った時も、子どもがみんな囲碁を始めましたもんね。

小沢:
ああいうのって、子どものほうが素直に始めますよね。
大人になると、「今から百人一首やってもな~、覚えられねーしな~」とか思っちゃうじゃないですか。『ちはやふる』読んでるだけでいいやってなっちゃうのが…子どもって身の程知らずだから、どんどん行く。あれ、うらやましいなーと思います。

山内:
この間、小学生が対象のワークショップをやった時に、好きなマンガを持ってきてもらったんですが、『はじめアルゴリズム』(三原和人)を持ってきた子がいて。きっとお父さんが薦めたんだろうなとは思うんですけど。

小沢:
ああ~、いい趣味。うち、「モーニング」は献本でいただいているんですけど、うちの子もやっぱり『はじめアルゴリズム』は読んでますね。同世代ものとして面白いみたいですよ。
これはさっきの話にもつながるけど、ああいうものを読むことで、数字、数学にぎゅーっと熱中する子を、カッコいいって思えるじゃないですか。

山内:
そういう子が周りにいた時に、普通のことだと思えるようになりますよね。

小沢:
そう。ふーん、自分わかんないけどカッコいいね!って。それでいいんですよね。

あと、これはうちの子も読んでいて、僕自身もすごく好きなのが、『二月の勝者』(高瀬志帆)という作品で。進学塾のマンガなんです。中学受験する子たちの。
僕も中学受験したクチなのでわかるんだけど…受験する子がマイノリティになってしまう学校だと、肩身狭いんですよね。友達からも、先生からもちょっとイヤなことを言われたりして。僕はそれで、小学校の時の教師と折り合いが悪くて、つらかったんです。
その頃と比べると今は先生も変わって、子どもたちの担任の先生もすごく理解があるんですけど…この作品を読んで、救われたところはやっぱりありますね。子どもの頃に読みたかったなと思います。

山内:
ぜひ読んでみたいと思います。受験ものということだと、僕は『ブルーピリオド』(山口つばさ)が…。

小沢:
あ、美大受験マンガですよね! そう、これ読まなきゃなあって思ってたやつです。

山内:
作者さんは東京藝術大学出身で、自分の受験の時のことを振り返って描かれてます。
それで、たとえば多摩美術大学と武蔵野美術大学の違いとか、美大受験経験者じゃないとわからない部分も細かく描かれていて。こういう作品はたぶん今までになかったですね。

小沢:
安達哲さんとかもそういう題材は描いているけど、たしかにそこまで細かいのはないかな。
(コミックスをめくりながら)素晴らしい。これは僕も今すごく気になってる作品です。
ただ、藝大出てマンガ家でいいのか?と思わないでもないですけど…(笑)。

 

人工知能、生命の進化。最新うめ作品の世界は“今”を写し取る

山内:
もう今の若い作家さんは、マンガを読んで育ってきている…マンガ家としては第4世代になりますからね。マンガに対する受け止め方も上の世代と違うだろうし…。

小沢:
今って第4世代になるんですか?

山内:
手塚先生を直接知らない世代ですからね。手塚先生が亡くなった時のニュースを知らない子が、マンガを描いているわけですから。

小沢:
ああ、なるほどなるほど。

山内:
最初の世代の先生方はもう“偉人”になっちゃってるから…そうなると、文化やモノの継承の仕方も、これまでと変わってきているんだろうなと思います。
それを考えた時に、「学べる」という点も含めて、ツールとして、機能としてのマンガというものがより拡充されていくと、マンガ文化は残っていくだろうと思っているんですけど。

小沢:
その、マンガが好きで入った世代を第4世代とすると…今、その次の流れというか、「マンガあんまり読んでないけど、自分の人生をマンガにしてみた」みたいなパターンも増えてますよね。Twitterなんかを中心に。

山内:
ああ、増えてますね。

小沢:
第5世代というか…それはたぶん世代ではなくて、いろんな層から同時多発的に湧いてるんだと思いますけど。面白いですよね。体裁としてはエッセイなんだけど、自分をマンガの中でキャラクター化することでいろんな経験を吐き出せたりする。ちょっとした箱庭療法的な面があるかもしれないですね。
しかも、そういう人はこれまでのマンガになかった技法で描いてたりするじゃないですか。あれはあれですごいと思うし、迫力ありますよね。

山内:
わかります。そういうのもある意味、ツールとしてのマンガの新たな一面になるのかなという気もしますね。
最後に、うめ先生の最新作についても少しお伺いしたいと思います。
『アイとアイザワ』(原作:かっぴー)は、「これも学習マンガだ!」の選書が続いていたら、ぜひ入れたい作品でした。

小沢:
ありがとうございます。『アイとアイザワ』は、人工知能の話ではありながら、実は生き物の進化についての話みたいなところがあって。
これを描く時に、原作のかっぴーさんから聞いてすごく面白いなと思ったのが、「あと10年経ったら、人工知能を神様として描けなくなる」っていう話だったんです。

そりゃそうだ!と思って。10年後には、もう人工知能は完全に日常に沈んじゃってるから。“超知性”としての人工知能というものを描けるタイムリミットは、思ったより短いんですよね。
AIのことを現実的に描く案もあったんだけど、それを聞いて、そっちに振らなきゃ、それをAIがリアルになりきらないうちに描かなきゃ!と。

ノリとしては、そうですね…『サピエンス全史』とか『ホモ・デウス』を、買いはしたけれども読み切れていない人とかが、とりあえずざっと読むのにいいんじゃないかなと思います(笑)。そっち関係のお話になっていきます。

山内:
マンガってやっぱり、その時代のトレンドや社会課題みたいなものが如実に反映されますよね。たぶんあとで振り返った時に、2010年代の後半は人工知能、人工生命の議論があったな、と思うんでしょうね。

次回作についても、少しだけ伺っても良いですか?

小沢:
次は、久しぶりに紙の雑誌で描こうと思ってます。まだ原稿はもちろん、ネームも上がってないどころか、タイトルも決まってないんですが、連載のゴーサインだけは出ていて(笑)。はじめてスポーツものに挑戦しようと思っています。

山内:
うめ先生の初スポーツものですか! それは興味深い内容になっていそうですね。
とても楽しみです。本日はありがとうございました!

<2019.2.27. マンガナイトBOOKSにて>

 

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【プロフィール】

小沢高広 おざわ・たかひろ マンガ家
二人組マンガ家ユニット「うめ」の企画・シナリオ・演出担当。2001年『ちゃぶだいケンタ』でデビュー。代表作に『東京トイボックス』シリーズ、『南国トムソーヤ』、『スティーブズ』(原作:松永肇一)など。2019年3月現在、『アイとアイザワ』(原作:かっぴー)、『ニブンノイクジ』を連載中。

山内康裕(やまうち・やすひろ) これも学習マンガだ!事務局長/選書委員
1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。
2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「これも学習マンガだ!」事務局長、「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門事業ディレクター、「立川まんがぱーく」コミュニケーションプランナー等も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)』、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊(文藝春秋)』等。